迷子の迷子の小悪魔ちゃん
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バスケの練習試合から数日が過ぎた、ある放課後のこと。
私は百鬼学園の校門近くで、ソワソワしながらその時を待っていた。
やがて、大勢の生徒に混じって、気怠げに歩いてくる金髪の頭を見つけた。
私はすかさず彼に声をかけた。
「ミコト君、待ってたよー!」
「げっ!お前……」
私を見つけた瞬間、ミコト君はあからさまに顔をしかめた。
「お前、学校はどうした。サボりか?」
「失礼しちゃうな。終わってから来たからこの時間なんじゃん」
「ハァ……。懲りないヤツ。そもそも、よく迷わずに来れたな」
「言ったでしょ。道は覚えたって」
「ストーカーかよ……。それで、何の用だ」
不愛想な言葉とは裏腹に、彼は歩みを止め、私の話を聞く姿勢を見せてくれる。
「とっとと失せろ」と切り捨てることもできた。
だけど、そうしないのは、ほんの少しだけ私に興味を持ってくれたから……なんて、自惚れそうになる。
「今日はね、ミコト君を魔界に案内しようと思って来たの!」
「遠慮しておく」
「えー!即答!?少しは悩んでよ!」
「俺はこれから寮に帰って課題やらねぇといけないんだよ」
「そんなの、後ででもできるでしょ!だからさ、ほら、行こう!」
「ちょっ……待てって」
私は半ば強引に彼の大きな手を取り、魔界へと繋がるゲートへと向かった。
……。
…………。
ゲートを抜けた先、そこは私の住む魔界。
目の前に広がるのは、整備されたアスファルトの道路に、立ち並ぶ高層ビル。
綺麗な花が咲き乱れる公園だってある。
空の色が赤紫色をしていることと、行き交う人々に角や翼が生えていること以外は、人間界とそれほど大差はない。
「どう、初めて来た感想は?」
「何ていうか、案外普通だな」
「でしょ?……あっ、見て!今日、クレープ屋さんが来てる!」
公園の入り口に停まっている、ファンシーなキッチンカーを指差した。
「ちょっと寄っていこうよ。あそこ、美味しいんだから」
私は自然な動作で、彼の制服の袖をキュッと引いた。
一瞬、ビクッと彼の体が強張ったのが伝わってきたけれど、彼は観念したように私の隣を歩き始める。
「何にする?私のオススメはシュガーバターなんだけど……」
隣に立つミコト君に顔を向けると、彼はメニュー表を見ようもともせず、短く吐き捨てるように言った。
「……なんでもいい」
「そっか……」
少しだけ寂しい気持ちになったけれど、食べてくれるだけ良しとしよう。
私は店員さんに向かい、シュガーバターを2つ注文した。
会計をしようと私が財布を取り出そうとした時、不意に、彼の大きな手が私の動きを制した。
「……え、どういう風の吹き回し?もしかして、後で高額請求する、とか?」
「そんなんじゃねぇよ。……この間の試合で、飲み物貰ったから。その返しだ」
「律儀だね、ミコト君」
「うるせぇ。さっさと食うぞ」
受け取ったクレープからは、焼きたての香ばしい匂いと、甘いバターの香りがふわりと漂っていた。
私たちは公園のベンチに座ることにした。
「……なぁ。なんでお前、そんなに俺と仲良くなりたいんだ」
クレープを一口頬張ったミコト君が、視線を落としたまま、ぼそりと呟いた。
「……え?」
「悪魔のお前が、わざわざ俺に絡むメリットなんてねぇだろ」
私は赤紫色の夕焼けに染まる、彼の横顔をじっと見つめた。
本当は、全部話してしまいたかった。
あの日、高天原で私を助けてくれた優しい男の子が、今、目の前で不器用にクレープを食べているアナタだってことを。
だけど、その言葉は喉の奥で止まった。
心のどこかで、彼が自力で思い出してくれるのを待っている自分がいる。
それに、今の佐野命としての彼とも、ちゃんと向き合いたいと思ったから。
「んー……。内緒!」
「はあ?なんだそれ」
呆れたように首を振る彼に、私はわざとイタズラっぽく笑いかける。
「ほらほら、せっかくのパリパリクレープがシナシナクレープになっちゃうよ!」
「お、おう……」
彼は再びクレープにかぶりついた。
その横顔を見つめながら、私も自分のクレープを頬張った。
……。
…………。
クレープを食べ終える頃には、空の色が怪しくなっていた。
湿り気を帯び、冷たい風が吹く。
「……ちっ、降りそうだな」
ミコト君が空を見上げた直後、大粒の雨が容赦なく降り始めた。
「うわっ!本当に降ってきちゃったね!」
「どっか雨除けできそうな場所は……」
慌てて周囲を見渡したけれど、同じ考えの悪魔たちで通りは一気にパニック状態に陥る。
「きゃっ……!」
背後から走ってきた、巨大な翼を持つ男と肩がぶつかり、私は派手に尻餅をついてしまった。
「嬢ちゃん、悪ぃな」
大男は軽く謝ると、すぐさま走り去ってしまった。
「いたた……」
濡れた地面に手をついて立ち上がる。
顔を上げた瞬間、血の気が引いた。
さっきまで目の前にいた、揺れる金髪の影が、どこにも見当たらない。
「……ミコト君!?ミコト君、どこ!?」
叫んでも、返ってくるのは冷たい雨音と、遠くで響く雷鳴だけ。
私は近くのビルの軒下へ逃げ込み、冷たい壁に背を預けた。
雨で体温が下がる。
「……私、撒かれちゃったのかな」
強引に連れ回して、無理やりクレープに付き合わせて。
彼も少しは楽しんでくれているのだと、勝手に思い込んでいた。
だけど、結局は私の独りよがりだった。
彼にとって、私はただのストーカーでしかないのだ。
視界がどんどん悪くなる。
それは雨の激しさのせいなのか、はたまた私の目から流れる熱い雫のせいなのか……。
「ハハハ、困ったな……」
こんな姿、ミコト君には絶対に見せられない。
彼はちゃんと帰れただろうか。
風邪を引いたりしていないだろうか。
そんな考えが頭をよぎった時、不意に、ビニールが擦れるパサッという乾いた音がした。
「……ったく、こんなところにいたのかよ。探しただろ」
聞き慣れた、少し低くてぶっきらぼうな声。
驚いて顔を上げると、そこには少し息を切らしたミコト君が立っていた。
彼の右手には、広げられた透明の傘。
そして左手には、まだビニールに包まれたままの真新しい傘。
「ミコト君……。戻ってきてくれたの?!」
「……はあ?こんな状況で、迷子癖のあるヤツを1人残して帰るワケねぇだろ」
彼は左手の傘を私に押し付けてきた。
「……それ、使え。そこのコンビニで急遽買ったから、大した傘じゃねぇけど」
「あ、ありがとう……。後光が差して見える」
私の瞳が潤んでいたことに気付いたのか、彼は罰の悪そうにパッと視線を逸らした。
「傘くらいで大袈裟な……」
雨に濡れた制服から、彼の匂いが漂う。
「……貸しになっちゃったね」
私がポツリと呟くと、彼は雨音に負けないくらいの声で、不敵に笑った。
「ああ、たっぷり利子つけて返してもらうからな」
その笑顔は、目の前の天気とは真逆の眩しいくらいの笑顔だった。
私は百鬼学園の校門近くで、ソワソワしながらその時を待っていた。
やがて、大勢の生徒に混じって、気怠げに歩いてくる金髪の頭を見つけた。
私はすかさず彼に声をかけた。
「ミコト君、待ってたよー!」
「げっ!お前……」
私を見つけた瞬間、ミコト君はあからさまに顔をしかめた。
「お前、学校はどうした。サボりか?」
「失礼しちゃうな。終わってから来たからこの時間なんじゃん」
「ハァ……。懲りないヤツ。そもそも、よく迷わずに来れたな」
「言ったでしょ。道は覚えたって」
「ストーカーかよ……。それで、何の用だ」
不愛想な言葉とは裏腹に、彼は歩みを止め、私の話を聞く姿勢を見せてくれる。
「とっとと失せろ」と切り捨てることもできた。
だけど、そうしないのは、ほんの少しだけ私に興味を持ってくれたから……なんて、自惚れそうになる。
「今日はね、ミコト君を魔界に案内しようと思って来たの!」
「遠慮しておく」
「えー!即答!?少しは悩んでよ!」
「俺はこれから寮に帰って課題やらねぇといけないんだよ」
「そんなの、後ででもできるでしょ!だからさ、ほら、行こう!」
「ちょっ……待てって」
私は半ば強引に彼の大きな手を取り、魔界へと繋がるゲートへと向かった。
……。
…………。
ゲートを抜けた先、そこは私の住む魔界。
目の前に広がるのは、整備されたアスファルトの道路に、立ち並ぶ高層ビル。
綺麗な花が咲き乱れる公園だってある。
空の色が赤紫色をしていることと、行き交う人々に角や翼が生えていること以外は、人間界とそれほど大差はない。
「どう、初めて来た感想は?」
「何ていうか、案外普通だな」
「でしょ?……あっ、見て!今日、クレープ屋さんが来てる!」
公園の入り口に停まっている、ファンシーなキッチンカーを指差した。
「ちょっと寄っていこうよ。あそこ、美味しいんだから」
私は自然な動作で、彼の制服の袖をキュッと引いた。
一瞬、ビクッと彼の体が強張ったのが伝わってきたけれど、彼は観念したように私の隣を歩き始める。
「何にする?私のオススメはシュガーバターなんだけど……」
隣に立つミコト君に顔を向けると、彼はメニュー表を見ようもともせず、短く吐き捨てるように言った。
「……なんでもいい」
「そっか……」
少しだけ寂しい気持ちになったけれど、食べてくれるだけ良しとしよう。
私は店員さんに向かい、シュガーバターを2つ注文した。
会計をしようと私が財布を取り出そうとした時、不意に、彼の大きな手が私の動きを制した。
「……え、どういう風の吹き回し?もしかして、後で高額請求する、とか?」
「そんなんじゃねぇよ。……この間の試合で、飲み物貰ったから。その返しだ」
「律儀だね、ミコト君」
「うるせぇ。さっさと食うぞ」
受け取ったクレープからは、焼きたての香ばしい匂いと、甘いバターの香りがふわりと漂っていた。
私たちは公園のベンチに座ることにした。
「……なぁ。なんでお前、そんなに俺と仲良くなりたいんだ」
クレープを一口頬張ったミコト君が、視線を落としたまま、ぼそりと呟いた。
「……え?」
「悪魔のお前が、わざわざ俺に絡むメリットなんてねぇだろ」
私は赤紫色の夕焼けに染まる、彼の横顔をじっと見つめた。
本当は、全部話してしまいたかった。
あの日、高天原で私を助けてくれた優しい男の子が、今、目の前で不器用にクレープを食べているアナタだってことを。
だけど、その言葉は喉の奥で止まった。
心のどこかで、彼が自力で思い出してくれるのを待っている自分がいる。
それに、今の佐野命としての彼とも、ちゃんと向き合いたいと思ったから。
「んー……。内緒!」
「はあ?なんだそれ」
呆れたように首を振る彼に、私はわざとイタズラっぽく笑いかける。
「ほらほら、せっかくのパリパリクレープがシナシナクレープになっちゃうよ!」
「お、おう……」
彼は再びクレープにかぶりついた。
その横顔を見つめながら、私も自分のクレープを頬張った。
……。
…………。
クレープを食べ終える頃には、空の色が怪しくなっていた。
湿り気を帯び、冷たい風が吹く。
「……ちっ、降りそうだな」
ミコト君が空を見上げた直後、大粒の雨が容赦なく降り始めた。
「うわっ!本当に降ってきちゃったね!」
「どっか雨除けできそうな場所は……」
慌てて周囲を見渡したけれど、同じ考えの悪魔たちで通りは一気にパニック状態に陥る。
「きゃっ……!」
背後から走ってきた、巨大な翼を持つ男と肩がぶつかり、私は派手に尻餅をついてしまった。
「嬢ちゃん、悪ぃな」
大男は軽く謝ると、すぐさま走り去ってしまった。
「いたた……」
濡れた地面に手をついて立ち上がる。
顔を上げた瞬間、血の気が引いた。
さっきまで目の前にいた、揺れる金髪の影が、どこにも見当たらない。
「……ミコト君!?ミコト君、どこ!?」
叫んでも、返ってくるのは冷たい雨音と、遠くで響く雷鳴だけ。
私は近くのビルの軒下へ逃げ込み、冷たい壁に背を預けた。
雨で体温が下がる。
「……私、撒かれちゃったのかな」
強引に連れ回して、無理やりクレープに付き合わせて。
彼も少しは楽しんでくれているのだと、勝手に思い込んでいた。
だけど、結局は私の独りよがりだった。
彼にとって、私はただのストーカーでしかないのだ。
視界がどんどん悪くなる。
それは雨の激しさのせいなのか、はたまた私の目から流れる熱い雫のせいなのか……。
「ハハハ、困ったな……」
こんな姿、ミコト君には絶対に見せられない。
彼はちゃんと帰れただろうか。
風邪を引いたりしていないだろうか。
そんな考えが頭をよぎった時、不意に、ビニールが擦れるパサッという乾いた音がした。
「……ったく、こんなところにいたのかよ。探しただろ」
聞き慣れた、少し低くてぶっきらぼうな声。
驚いて顔を上げると、そこには少し息を切らしたミコト君が立っていた。
彼の右手には、広げられた透明の傘。
そして左手には、まだビニールに包まれたままの真新しい傘。
「ミコト君……。戻ってきてくれたの?!」
「……はあ?こんな状況で、迷子癖のあるヤツを1人残して帰るワケねぇだろ」
彼は左手の傘を私に押し付けてきた。
「……それ、使え。そこのコンビニで急遽買ったから、大した傘じゃねぇけど」
「あ、ありがとう……。後光が差して見える」
私の瞳が潤んでいたことに気付いたのか、彼は罰の悪そうにパッと視線を逸らした。
「傘くらいで大袈裟な……」
雨に濡れた制服から、彼の匂いが漂う。
「……貸しになっちゃったね」
私がポツリと呟くと、彼は雨音に負けないくらいの声で、不敵に笑った。
「ああ、たっぷり利子つけて返してもらうからな」
その笑顔は、目の前の天気とは真逆の眩しいくらいの笑顔だった。
