迷子の迷子の小悪魔ちゃん
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翌週の休日。
私は再び、百鬼学園の敷地へと足を踏み入れていた。
まさか、こんなにも早くここを再訪することになるなんて、自分でも驚いている。
体育館の重い扉を押し開けると、むせ返るような熱気で溢れ返っていた。
キュッキュッというバスケットシューズの摩擦音。
ダムダムと弾むボールの音。
コート内では、デーモン学園の生徒と、百鬼学園の生徒たちが、これから行われる練習試合に向けて、ウォーミングアップに励んでいる。
その隅で壁にもたれ掛かり、不機嫌そうに腕を組んで練習を眺めている彼を見つけた。
私は、わざと明るく話かけた。
「やっほー!また来ちゃった」
「……っ、お前!」
私の姿を認めた瞬間、ミコト君の整った眉がこれ以上ないほど不快そうに歪んだ。
彼は焦ったように周囲へ視線を走らせ、誰もこちらを見ていないことを確認してから、再び向き直った。
「もう来んなって言っただろ!ここがどこだか分かってんのか?」
「分かってるよ?百鬼学園でしょ?……あ、もしかして、心配してくれてるの?大丈夫、道はもう完璧に覚えたから。今日は送ってくれなくても迷わずに帰れるよ」
「……そうじゃねえよ」
彼は天を仰ぎ、深いため息を吐いた。
「……で、今日は何しに来た。迷子じゃないなら、とっとと失せろ」
「ひどいなぁ。今日はちゃんと、正当な理由があって来たんだから」
「理由?」
訝しげに目を細める彼に、私はデーモン学園の校章が刺繍された制服の胸元を見せた。
「今日は、アナタの通う百鬼学園と、私が通うデーモン学園のバスケの練習試合でしょ?私はその応援に来たの」
「なんでそんなこと知って……」
「言ったでしょ?秘密を暴く力があるって」
実際にはリンから聞いた話だけれど、少しだけ悪魔らしい茶目っ気を混ぜて、私は微笑んでみせた。
「……というか、驚いたよ。ミコト君、バスケ部だったんだね」
「違う。人数が足りなくて、ただの助っ人だ。……ったく面倒くせぇ」
口では文句を言いながらも、困っている仲間を見捨てられずにユニフォームを着ている彼。
根っこの部分は変わっていないのだと安心した。
「まっ、楽しみにしてるね。ミコト君の活躍」
わざと煽るように告げると、彼は一瞬だけ目を見開いた。
「……好きにしろ」
吐き捨てるようにそう呟くと、彼は逃げるように背を向け、コートの中へと駆けていった。
……。
…………。
試合終了を告げるブザーの余韻が残る体育館。
ベンチに腰掛けたミコト君は、肩を上下させながら荒い息を吐いていた。
張り付いたユニフォーム、額から伝う汗。
無造作に首元へタオルを押し当て、滴る汗を拭う彼に、私はゆっくりと歩み寄った。
「ミコト君、お疲れ様」
差し出したのは、あらかじめ買っておいた冷たいペットボトルの水。
「……まだいたのかよ。さっさと自分の学校の応援席に戻れ」
毒づきながらも、彼は私の差し入れを奪い取るように受け取った。
「別にいいじゃない。同じ学校ってだけで、特別仲が良い子がいるワケでもないし。今は、ミコト君と話したいの」
「あっそ……勝手にしろ」
突き放すような相槌。
彼は視線を逸らし、ペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「それより、ミコト君。すっごく動けるんだね!……正直、見惚れちゃった。格好良かったよ」
助っ人だなんて言っていたけれど、とても信じられなかった。
高い跳躍、素早い反射神経。
周囲の部員たちが霞んで見えるほどの圧倒的な身体能力は、見る者を惹きつけずにはいられない。
「……まっ、うちの学校の底力には及ばなかったみたいだけど?」
水を飲む手がわずかに止まる。
彼は乱暴に口元を拭うと、地を這うような低い声で応じた。
「……何が言いたい」
私は一歩と距離を詰めた。
靴の先が触れ合うほどの距離。
「別に?ただ……あの動き、やっぱり神様なんだなって」
「……その話はするなって言っただろ」
空気が凍りついた。
威圧するようなオーラが彼から漏れ出す。
普通なら足がすくむような場面だろう。
だけど、私はミコト君が本当に優しい人なんだと信じているから。
「黙らないよ」
「っ……!」
怯まずに真っ直ぐ見つめ返すと、逆に彼の方がたじろいだ。
握りしめられたタオルに、青白い筋が浮かぶ。
「……お前、何が目的だ。俺の正体をバラして、孤立でもさせようってか?」
自嘲気味に歪んだ彼の唇。
そのあまりにも的外れな被害妄想に、私は思わずプッと吹き出してしまった。
「あはは!まさか。そんな悪趣味なことしないよ。……私はただ、ミコト君と仲良くなりたいだけ」
私は彼の顔を覗き込むようにして、イタズラっぽく微笑んだ。
「人の弱みを握っておいて、仲良くしたいだ?充分悪趣味だろ。そんなんで、仲良くなれると思ってんのか」
“弱みを握る”
その言葉を聞いて、ハッとさせられた。
かつてリンが人間と付き合ったと聞いた時、私も彼女に同じような冷たい言葉を投げかけてしまった。
今の彼にとって、私の存在は脅威なのかもしれない。
でも、すぐには信じてもらえなくても、これだけは伝えたかった。
「きっかけは何でもいいの。……でもね、仲良くなりたい気持ちは本心だから。それだけは、覚えておいて」
呆気に取られたような顔をする彼に、私はイタズラっぽく人差し指を立てた。
「そういえば、まだちゃんと名乗っていなかったね。……私の名前は◯◯●●。アナタの友達になる悪魔よ」
「●●……。本当、勝手な女だな」
彼は乱暴に髪を掻き上げると、背を向けて歩き出した。
でも、その足取りは先ほどよりもずっと早くて、耳の端がほんのりと赤くなっているのを、私の目はしっかりと捉えていた。
「そういうワケで、また会いに来るからねー!ミコト君!」
遠ざかる背中に向かって手を振る。
彼が振り返ることはなかったけれど、私の心は満たされていた。
私は再び、百鬼学園の敷地へと足を踏み入れていた。
まさか、こんなにも早くここを再訪することになるなんて、自分でも驚いている。
体育館の重い扉を押し開けると、むせ返るような熱気で溢れ返っていた。
キュッキュッというバスケットシューズの摩擦音。
ダムダムと弾むボールの音。
コート内では、デーモン学園の生徒と、百鬼学園の生徒たちが、これから行われる練習試合に向けて、ウォーミングアップに励んでいる。
その隅で壁にもたれ掛かり、不機嫌そうに腕を組んで練習を眺めている彼を見つけた。
私は、わざと明るく話かけた。
「やっほー!また来ちゃった」
「……っ、お前!」
私の姿を認めた瞬間、ミコト君の整った眉がこれ以上ないほど不快そうに歪んだ。
彼は焦ったように周囲へ視線を走らせ、誰もこちらを見ていないことを確認してから、再び向き直った。
「もう来んなって言っただろ!ここがどこだか分かってんのか?」
「分かってるよ?百鬼学園でしょ?……あ、もしかして、心配してくれてるの?大丈夫、道はもう完璧に覚えたから。今日は送ってくれなくても迷わずに帰れるよ」
「……そうじゃねえよ」
彼は天を仰ぎ、深いため息を吐いた。
「……で、今日は何しに来た。迷子じゃないなら、とっとと失せろ」
「ひどいなぁ。今日はちゃんと、正当な理由があって来たんだから」
「理由?」
訝しげに目を細める彼に、私はデーモン学園の校章が刺繍された制服の胸元を見せた。
「今日は、アナタの通う百鬼学園と、私が通うデーモン学園のバスケの練習試合でしょ?私はその応援に来たの」
「なんでそんなこと知って……」
「言ったでしょ?秘密を暴く力があるって」
実際にはリンから聞いた話だけれど、少しだけ悪魔らしい茶目っ気を混ぜて、私は微笑んでみせた。
「……というか、驚いたよ。ミコト君、バスケ部だったんだね」
「違う。人数が足りなくて、ただの助っ人だ。……ったく面倒くせぇ」
口では文句を言いながらも、困っている仲間を見捨てられずにユニフォームを着ている彼。
根っこの部分は変わっていないのだと安心した。
「まっ、楽しみにしてるね。ミコト君の活躍」
わざと煽るように告げると、彼は一瞬だけ目を見開いた。
「……好きにしろ」
吐き捨てるようにそう呟くと、彼は逃げるように背を向け、コートの中へと駆けていった。
……。
…………。
試合終了を告げるブザーの余韻が残る体育館。
ベンチに腰掛けたミコト君は、肩を上下させながら荒い息を吐いていた。
張り付いたユニフォーム、額から伝う汗。
無造作に首元へタオルを押し当て、滴る汗を拭う彼に、私はゆっくりと歩み寄った。
「ミコト君、お疲れ様」
差し出したのは、あらかじめ買っておいた冷たいペットボトルの水。
「……まだいたのかよ。さっさと自分の学校の応援席に戻れ」
毒づきながらも、彼は私の差し入れを奪い取るように受け取った。
「別にいいじゃない。同じ学校ってだけで、特別仲が良い子がいるワケでもないし。今は、ミコト君と話したいの」
「あっそ……勝手にしろ」
突き放すような相槌。
彼は視線を逸らし、ペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「それより、ミコト君。すっごく動けるんだね!……正直、見惚れちゃった。格好良かったよ」
助っ人だなんて言っていたけれど、とても信じられなかった。
高い跳躍、素早い反射神経。
周囲の部員たちが霞んで見えるほどの圧倒的な身体能力は、見る者を惹きつけずにはいられない。
「……まっ、うちの学校の底力には及ばなかったみたいだけど?」
水を飲む手がわずかに止まる。
彼は乱暴に口元を拭うと、地を這うような低い声で応じた。
「……何が言いたい」
私は一歩と距離を詰めた。
靴の先が触れ合うほどの距離。
「別に?ただ……あの動き、やっぱり神様なんだなって」
「……その話はするなって言っただろ」
空気が凍りついた。
威圧するようなオーラが彼から漏れ出す。
普通なら足がすくむような場面だろう。
だけど、私はミコト君が本当に優しい人なんだと信じているから。
「黙らないよ」
「っ……!」
怯まずに真っ直ぐ見つめ返すと、逆に彼の方がたじろいだ。
握りしめられたタオルに、青白い筋が浮かぶ。
「……お前、何が目的だ。俺の正体をバラして、孤立でもさせようってか?」
自嘲気味に歪んだ彼の唇。
そのあまりにも的外れな被害妄想に、私は思わずプッと吹き出してしまった。
「あはは!まさか。そんな悪趣味なことしないよ。……私はただ、ミコト君と仲良くなりたいだけ」
私は彼の顔を覗き込むようにして、イタズラっぽく微笑んだ。
「人の弱みを握っておいて、仲良くしたいだ?充分悪趣味だろ。そんなんで、仲良くなれると思ってんのか」
“弱みを握る”
その言葉を聞いて、ハッとさせられた。
かつてリンが人間と付き合ったと聞いた時、私も彼女に同じような冷たい言葉を投げかけてしまった。
今の彼にとって、私の存在は脅威なのかもしれない。
でも、すぐには信じてもらえなくても、これだけは伝えたかった。
「きっかけは何でもいいの。……でもね、仲良くなりたい気持ちは本心だから。それだけは、覚えておいて」
呆気に取られたような顔をする彼に、私はイタズラっぽく人差し指を立てた。
「そういえば、まだちゃんと名乗っていなかったね。……私の名前は◯◯●●。アナタの友達になる悪魔よ」
「●●……。本当、勝手な女だな」
彼は乱暴に髪を掻き上げると、背を向けて歩き出した。
でも、その足取りは先ほどよりもずっと早くて、耳の端がほんのりと赤くなっているのを、私の目はしっかりと捉えていた。
「そういうワケで、また会いに来るからねー!ミコト君!」
遠ざかる背中に向かって手を振る。
彼が振り返ることはなかったけれど、私の心は満たされていた。
