強くて優しい鬼
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数日後。
今夜は、安倍先生にとって雪辱の日。
前回、私との会話に夢中になって買い逃した限定セーラー服のリベンジマッチだ。
「今日は絶対に逃さないぞー!」
「……ふふ、買えるといいですね、先生」
教職員室の窓辺で、スマホを握りしめて鼻息を荒くする先生。
そんな彼を横目に、私は廊下へと視線を戻す。
今日も、いつものように騒がしくて、楽しい夜間警備になる。
……そう信じて疑わなかった。
校舎の窓から照らす月光を、巨大な何かが遮るまでは。
「あと、3分で販売開始だよ!」
「……シッ、先生、静かに!」
「……?」
私の鋭くなった声に、安倍先生が顔を上げる。
直後、窓ガラスが粉々に砕け散った。
「ヒッ……!?な、何、今の音!?」
舞い散るガラスの破片に紛れて現れたのは、巨大な異形だった。
頭部は猛々しい牛、首から下は鬼の四肢。
「牛鬼 ……」
どうやって校内に侵入してきたのかは分からないけれど、その目からは理性が失われていた。
「グルゥゥ……ッ!!」
「あ、あわわわ……!よ、妖怪!!」
安倍先生が情けない声を上げて私の背中に隠れる。
私の心臓は、警備用の懐中電灯を落としそうになるほど激しく脈打っていた。
どうしよう……勝てない……。
私は一族の落ちこぼれだ。
戦い方なんて知らない。
変身して威圧する術だって持ち合わせていない。
ただ、背中に感じる安倍先生の震えが、私にまで伝わってくるだけ。
「に、逃げてください、先生!職員寮まで走って!」
「えっ、でも●●ちゃんは!?」
「私は警備員ですから!これが仕事、なんです……っ!」
嘘だ。
本当は、今すぐにでも逃げ出したかった。
いや、以前の私なら、間違いなく逃げていただろう。
だけど、私を友達だと言ってくれた、この人を。
私の臆病さを受け入れて、笑いかけてくれたこの人を、死なせるワケにはいかない。
牛鬼が地を這うような咆哮を上げ、鋭利な爪を振り上げた。
「危ない!!」
体が勝手に動いた。
私は全力で安倍先生を突き飛ばす。
直後、空気を切り裂く音が響き、私の肩を牛鬼の爪がかすめた。
警備服が裂け、鋭い痛みが走る。
「……っう!」
「●●ちゃん!血が出てる!怪我をしてまで僕を……!」
休む間もなく、牛鬼の標的は、尻餅をついた安倍先生へと移った。
その巨体が、彼を目掛けて突進する。
間に合わない。
このままでは、先生が押し潰されてしまう。
「……やめて……っ!!」
助けたいのに、私の足では間に合わない。
頭の中が真っ白になった。
それでも、私はただ彼を助けたいという一心で、がむしゃらに駆けた。
気が付けば、私の姿は疾風のごとき狼へと変貌を遂げていた。
風となって安倍先生の元へと滑り込む。
だけど、たどり着いたものの、牛鬼の攻撃を防ぐことができない。
目前には牛鬼の巨大な拳が迫っている。
私は守るように先生の前に立ち、ギュッと目を瞑った。
ドォォォォン!!
鼓膜を震わせるほどの衝撃音。
凄まじい風圧が全身を通り抜ける。
だけど、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
「え……?」
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
巨大な牛鬼が、一瞬で後方の壁まで吹き飛び、そのまま霧散していった。
あとに残ったのは、静まり返った廊下と、割れた窓から差し込む月光だけ。
「な、何が起こったの……?」
呆然と立ち尽くす私の前で、安倍先生が右腕を突き出したまま固まっていた。
その顔は、私以上に驚きを露わにしている。
「えっと……その……。なんか、勝手に爆散しちゃったみたい」
「勝手にって……そんなワケ……」
言葉を濁し、冷や汗を拭う安倍先生。
彼が何かをしたのは間違いない。
それでも、今は問い詰める気力がなかった。
先生はすぐにいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべ、私に顔を向けた。
「それより、●●ちゃん!変身できてるよ!すごい、格好良い狼だ!」
「……あっ」
言われて気付き、私は慌てて人型の姿に戻った。
そして、自分の手を見つめる。
あんなに願ってもできなかった変身。
それが、今になって力が開花するなんて。
「……私自身も驚いています。でも、ひとまず良かったです。……安倍先生が無事で」
「いやいや、僕のことより自分の心配してよ!ほら、制服がボロボロじゃないか!もう、あんな危ないことしないで!」
先生は本気で心配そうな顔をして、私の破れた肩口を見つめた。
「あー……。大丈夫です。申請すれば、新しいのを支給してもらえるので」
「でも、すぐには届かないでしょ?……よし、決めた!僕がとっておきのセーラー服を新調してあげる!さあ、まずは採寸から始めようか!」
どこからともなく出てきたメジャー。
私は思わず拳を握りしめた。
「……先生、殴ってもいいですか?」
「ひぃぃ!ごめんなさい!」
「謝るなら、最初からやらないでください」
「うぅ……反省しています」
「ふふ、よろしい」
月明かりに照らされながら、私たちはいつものように笑い合った。
ーーFinーー
今夜は、安倍先生にとって雪辱の日。
前回、私との会話に夢中になって買い逃した限定セーラー服のリベンジマッチだ。
「今日は絶対に逃さないぞー!」
「……ふふ、買えるといいですね、先生」
教職員室の窓辺で、スマホを握りしめて鼻息を荒くする先生。
そんな彼を横目に、私は廊下へと視線を戻す。
今日も、いつものように騒がしくて、楽しい夜間警備になる。
……そう信じて疑わなかった。
校舎の窓から照らす月光を、巨大な何かが遮るまでは。
「あと、3分で販売開始だよ!」
「……シッ、先生、静かに!」
「……?」
私の鋭くなった声に、安倍先生が顔を上げる。
直後、窓ガラスが粉々に砕け散った。
「ヒッ……!?な、何、今の音!?」
舞い散るガラスの破片に紛れて現れたのは、巨大な異形だった。
頭部は猛々しい牛、首から下は鬼の四肢。
「
どうやって校内に侵入してきたのかは分からないけれど、その目からは理性が失われていた。
「グルゥゥ……ッ!!」
「あ、あわわわ……!よ、妖怪!!」
安倍先生が情けない声を上げて私の背中に隠れる。
私の心臓は、警備用の懐中電灯を落としそうになるほど激しく脈打っていた。
どうしよう……勝てない……。
私は一族の落ちこぼれだ。
戦い方なんて知らない。
変身して威圧する術だって持ち合わせていない。
ただ、背中に感じる安倍先生の震えが、私にまで伝わってくるだけ。
「に、逃げてください、先生!職員寮まで走って!」
「えっ、でも●●ちゃんは!?」
「私は警備員ですから!これが仕事、なんです……っ!」
嘘だ。
本当は、今すぐにでも逃げ出したかった。
いや、以前の私なら、間違いなく逃げていただろう。
だけど、私を友達だと言ってくれた、この人を。
私の臆病さを受け入れて、笑いかけてくれたこの人を、死なせるワケにはいかない。
牛鬼が地を這うような咆哮を上げ、鋭利な爪を振り上げた。
「危ない!!」
体が勝手に動いた。
私は全力で安倍先生を突き飛ばす。
直後、空気を切り裂く音が響き、私の肩を牛鬼の爪がかすめた。
警備服が裂け、鋭い痛みが走る。
「……っう!」
「●●ちゃん!血が出てる!怪我をしてまで僕を……!」
休む間もなく、牛鬼の標的は、尻餅をついた安倍先生へと移った。
その巨体が、彼を目掛けて突進する。
間に合わない。
このままでは、先生が押し潰されてしまう。
「……やめて……っ!!」
助けたいのに、私の足では間に合わない。
頭の中が真っ白になった。
それでも、私はただ彼を助けたいという一心で、がむしゃらに駆けた。
気が付けば、私の姿は疾風のごとき狼へと変貌を遂げていた。
風となって安倍先生の元へと滑り込む。
だけど、たどり着いたものの、牛鬼の攻撃を防ぐことができない。
目前には牛鬼の巨大な拳が迫っている。
私は守るように先生の前に立ち、ギュッと目を瞑った。
ドォォォォン!!
鼓膜を震わせるほどの衝撃音。
凄まじい風圧が全身を通り抜ける。
だけど、いつまで経っても痛みはやってこなかった。
「え……?」
恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
巨大な牛鬼が、一瞬で後方の壁まで吹き飛び、そのまま霧散していった。
あとに残ったのは、静まり返った廊下と、割れた窓から差し込む月光だけ。
「な、何が起こったの……?」
呆然と立ち尽くす私の前で、安倍先生が右腕を突き出したまま固まっていた。
その顔は、私以上に驚きを露わにしている。
「えっと……その……。なんか、勝手に爆散しちゃったみたい」
「勝手にって……そんなワケ……」
言葉を濁し、冷や汗を拭う安倍先生。
彼が何かをしたのは間違いない。
それでも、今は問い詰める気力がなかった。
先生はすぐにいつものヘラヘラとした笑顔を浮かべ、私に顔を向けた。
「それより、●●ちゃん!変身できてるよ!すごい、格好良い狼だ!」
「……あっ」
言われて気付き、私は慌てて人型の姿に戻った。
そして、自分の手を見つめる。
あんなに願ってもできなかった変身。
それが、今になって力が開花するなんて。
「……私自身も驚いています。でも、ひとまず良かったです。……安倍先生が無事で」
「いやいや、僕のことより自分の心配してよ!ほら、制服がボロボロじゃないか!もう、あんな危ないことしないで!」
先生は本気で心配そうな顔をして、私の破れた肩口を見つめた。
「あー……。大丈夫です。申請すれば、新しいのを支給してもらえるので」
「でも、すぐには届かないでしょ?……よし、決めた!僕がとっておきのセーラー服を新調してあげる!さあ、まずは採寸から始めようか!」
どこからともなく出てきたメジャー。
私は思わず拳を握りしめた。
「……先生、殴ってもいいですか?」
「ひぃぃ!ごめんなさい!」
「謝るなら、最初からやらないでください」
「うぅ……反省しています」
「ふふ、よろしい」
月明かりに照らされながら、私たちはいつものように笑い合った。
ーーFinーー
