強くて優しい鬼
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夜勤明けの冷たい空気の中。
いつもなら、他の誰にも会う前に、真っ直ぐに帰る私が、今日は家とは違う方向へと足を進めていた。
腕の中に抱いているのは、昨夜の忘れ物『全国セーラー服カタログ』。
職員寮の受付に辿り着くと、そこにはマスク姿の女性職員が座っていた。
私は心臓の鼓動が速まるのを感じながら、消え入りそうな声で勇気を振り絞った。
「す、すみません……。あの、安倍先生に、届け物を……」
「では、こちらでお預かりしますね」
事務員さんの差し出した手に、私は一瞬、カタログを渡しそうになった。
だけど、昨夜のあの情けないほど優しい笑顔が脳裏をよぎる。
「あ、いえ……。できれば、直接……お渡ししたい、です」
事務員さんは少しだけ眉をひそめ、怪訝そうに私を見た。
鬼の警備員が、早朝から男性教諭を訪ねる。
客観的に見れば、充分に不審な光景なのだろう。
彼女は無言のまま席を立ち、奥へと消えていった。
しばらくして、バタバタと慌ただしい足音が廊下に響き、寝癖を爆発させた安倍先生が姿を現した。
「……ふわぁ、おはようございます……。あれ、警備員の……」
昨夜の緩い服装のまま、眠そうに目をこすりながら私をぼんやりと見つめている。
「おはようございます。明け方にすみません」
「いえいえ、こちらこそ見苦しい姿を見せちゃってごめんね。それで、わざわざ訪ねてきてくれるなんて、何かあった?」
「これ……昨夜の、忘れ物です」
差し出したカタログを見た瞬間、彼の表情にパッと光が灯った。
「うわぁぁぁーっ!ありがとう、●●さん!助かったよ、これがないと僕、安心して寝られなくて!」
大袈裟にカタログを胸に抱きしめ、頬ずりせんばかりの勢いで喜ぶ姿。
やり取りを見ていた事務員さんも、マスクの下で引いているのが分かる。
私は思わず深いため息を吐いた。
「熟睡していたように見えますが?」
「……てへっ」
先生はペロッと舌を出し、肩をすくめておどけてみせた。
ふざけた仕草なのに、なぜか憎めない。
「まあ、何でもいいですけど……。そんなに大事なものなら、取りに戻ればよかったのに。安倍先生って、意外とそそっかしいんですね」
「いやあ、実はね……」
先生は照れくさそうに、ボサボサの頭をバリバリと掻いた。
「●●さんと別れた後、途中で忘れたことに気付いたんだよ?」
「え……、なら何で……」
「だって、慌てて戻ったら、また●●さんを驚かせちゃうと思って。僕のせいで怖がらせるのも嫌だしね。だから、朝になってから取りに行こうと思ってたんだ」
言葉が、喉の奥で止まった。
私を、そんな風に……。
彼は鬼である私を怖がるどころか、私の恐怖を案じてくれていた。
「お気遣い……ありがとうございます……」
不意に、顔が熱くなるのを感じて俯く。
そんな私をよそに、安倍先生は明るい声を上げた。
「あっ、そうだ!届けてくれたお礼に、何かセーラー服をプレゼントするよ!何色がいい?オーソドックスな紺色?それとも緑色?肌が見える夏服も捨てがたいよね!」
「……結構です。とにかく、本は返しましたから!」
「あ、うん。気をつけて帰ってね!また夜に!」
安倍先生は楽しそうに腕をブンブンと振って、私が見えなくなるまで見送ってくれた。
やっぱり、この先生の考えは一生読めそうにない。
……だけど、彼がそれほどまでに熱中するセーラー服とやらは、そんなに良いものなのだろうか。
家に帰ったら、少しだけ調べてみようかな、なんて。
そんな自分に少し驚きながら、私は朝の光の中を歩き出した。
いつもなら、他の誰にも会う前に、真っ直ぐに帰る私が、今日は家とは違う方向へと足を進めていた。
腕の中に抱いているのは、昨夜の忘れ物『全国セーラー服カタログ』。
職員寮の受付に辿り着くと、そこにはマスク姿の女性職員が座っていた。
私は心臓の鼓動が速まるのを感じながら、消え入りそうな声で勇気を振り絞った。
「す、すみません……。あの、安倍先生に、届け物を……」
「では、こちらでお預かりしますね」
事務員さんの差し出した手に、私は一瞬、カタログを渡しそうになった。
だけど、昨夜のあの情けないほど優しい笑顔が脳裏をよぎる。
「あ、いえ……。できれば、直接……お渡ししたい、です」
事務員さんは少しだけ眉をひそめ、怪訝そうに私を見た。
鬼の警備員が、早朝から男性教諭を訪ねる。
客観的に見れば、充分に不審な光景なのだろう。
彼女は無言のまま席を立ち、奥へと消えていった。
しばらくして、バタバタと慌ただしい足音が廊下に響き、寝癖を爆発させた安倍先生が姿を現した。
「……ふわぁ、おはようございます……。あれ、警備員の……」
昨夜の緩い服装のまま、眠そうに目をこすりながら私をぼんやりと見つめている。
「おはようございます。明け方にすみません」
「いえいえ、こちらこそ見苦しい姿を見せちゃってごめんね。それで、わざわざ訪ねてきてくれるなんて、何かあった?」
「これ……昨夜の、忘れ物です」
差し出したカタログを見た瞬間、彼の表情にパッと光が灯った。
「うわぁぁぁーっ!ありがとう、●●さん!助かったよ、これがないと僕、安心して寝られなくて!」
大袈裟にカタログを胸に抱きしめ、頬ずりせんばかりの勢いで喜ぶ姿。
やり取りを見ていた事務員さんも、マスクの下で引いているのが分かる。
私は思わず深いため息を吐いた。
「熟睡していたように見えますが?」
「……てへっ」
先生はペロッと舌を出し、肩をすくめておどけてみせた。
ふざけた仕草なのに、なぜか憎めない。
「まあ、何でもいいですけど……。そんなに大事なものなら、取りに戻ればよかったのに。安倍先生って、意外とそそっかしいんですね」
「いやあ、実はね……」
先生は照れくさそうに、ボサボサの頭をバリバリと掻いた。
「●●さんと別れた後、途中で忘れたことに気付いたんだよ?」
「え……、なら何で……」
「だって、慌てて戻ったら、また●●さんを驚かせちゃうと思って。僕のせいで怖がらせるのも嫌だしね。だから、朝になってから取りに行こうと思ってたんだ」
言葉が、喉の奥で止まった。
私を、そんな風に……。
彼は鬼である私を怖がるどころか、私の恐怖を案じてくれていた。
「お気遣い……ありがとうございます……」
不意に、顔が熱くなるのを感じて俯く。
そんな私をよそに、安倍先生は明るい声を上げた。
「あっ、そうだ!届けてくれたお礼に、何かセーラー服をプレゼントするよ!何色がいい?オーソドックスな紺色?それとも緑色?肌が見える夏服も捨てがたいよね!」
「……結構です。とにかく、本は返しましたから!」
「あ、うん。気をつけて帰ってね!また夜に!」
安倍先生は楽しそうに腕をブンブンと振って、私が見えなくなるまで見送ってくれた。
やっぱり、この先生の考えは一生読めそうにない。
……だけど、彼がそれほどまでに熱中するセーラー服とやらは、そんなに良いものなのだろうか。
家に帰ったら、少しだけ調べてみようかな、なんて。
そんな自分に少し驚きながら、私は朝の光の中を歩き出した。
