常にキミを見ている
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翌日。
事件は、唐突に起こった。
ヒトミさんに掃除を任せた応接間から、何かが割れる大きな音がした。
駆けつけた私の目に飛び込んできたのは、床に散乱した高価な花瓶の破片と、その中央でへたり込むヒトミさんの姿だった。
「どうしたの、これ……!」
「あ……●●さん、これ……」
動揺に震える彼女の肩を見て、私は反射的に駆け寄った。
「とにかく落ち着いて。怪我はない?」
「私は大丈夫です……」
「ひとまず、片付けましょう。破片が危ないわ」
私が手を伸ばした、その瞬間だった。
「●●さん!何してるんですか!」
ヒトミさんの突き放すような鋭い声。
「何って……、片付けを……」
驚いて顔を上げると、ヒトミさんは素早く私から距離を取り、騒ぎを聞きつけて集まってきた他の使用人たちの背後へ隠れていた。
その瞳には、涙が溜まっている。
「私、見たんです……。●●さんが、花台の埃を払おうとして……手が滑るのを」
心臓が冷たく脈打った。
あまりに卑劣な嘘。
だけど、周囲の空気は一変した。
「まさか、あの●●さんが?」
「最近、一段と疲れた表情をしていたので、あり得なくもない……?」
「ヒトミさんが嘘を吐くようには見えないし……」
ヒソヒソと囁かれる疑念の言葉。
その瞬間、察してしまった。
私は彼女にハメられたのだ、と。
「私ではありません。私は今、別の部屋の清掃を終えてここに来たばかりです」
毅然と言い放ったけれど、証拠がない。
仲間からの疑いの視線は向けられたまま。
「私が全部片付けますから、●●さんは下がっていてください」
健気な被害者を演じる彼女に、周囲から同情の視線が集まる。
私は一瞬にして、居場所を失った。
「割った本人にやらせればいいのに……」
「ヒトミさん、本当にいい子ね」
しょせん、長年に渡って培ってきた信頼なんてこんなものだ。
愛嬌があり、弱者の皮を被った彼女の言葉を信じてしまう。
私の信用が、音を立てて崩れていく。
「おやおや。皆さんお集まりで」
低く、高圧的な声。
人混みを割って現れたのは、暗さんだった。
彼はいつもの薄笑いを消し、冷徹な視線を私に向けている。
「暗さん、聞いてください!●●さんが……!」
ヒトミさんは瞳を潤ませながら、縋り付くように暗さんの腕を掴んだ。
「何も言わなくても分かりますよ。僕は信じていますから」
「暗さん……」
愛おしそうにヒトミさんを見つめる暗さん。
彼までもが彼女の味方をするのか。
視界が歪みそうになるのを、私は唇を噛み締めて耐えた。
惨めで、情けなくて、指先が微かに震える。
「ヒトミさん。勘違いしないでください」
「ふぇ……?」
暗さんの声が、地を這うような低音へと変質した。
彼は縋り付くヒトミさんの手を無造作に振り払うと、その指先で自らの前髪をゆっくりと掻き上げた。
その途端。
彼の額、頬、そして露わになった腕の至る所に無数の瞳がギョロリと出現した。
「百々目鬼はね、屋敷の隅々まで見通せるんですよ。キミが花瓶の側で踊るようにふざけて、袖を引っ掛けて落とした瞬間も。その後、●●さんに罪を擦り付けた、外道な魂胆もね」
「……っ、それは……!」
「百々目鬼 の目は誤魔化せない。入道家に、嘘吐きは必要ないんですよ」
「ちょっと魔が差しただけなんです!わ、悪い所があれば何でも直します!だからっ……だからっ!」
「……では、その性格を直してください」
暗さんの放つ威圧感に、ヒトミさんは顔を青ざめさせて崩れ落ちた。
その後、ヒトミさんは即座に解雇となった。
……。
…………。
嵐が去った後の廊下で、私は1人、壁に背を預けて息を吐いた。
「助かりました、暗さん。……見ていてくれたんですね」
「当たり前じゃないですか。僕は常にキミを見ていますから、●●さん」
彼はふらりと距離を詰め、私の隣へとやってきた。
いつものタラシの顔に戻っているけれど、その瞳だけは真剣だ。
「キミがリネンを替える回数も、いつも丁寧に食器を洗う様も、先日、雛鳥を助けてあげたことも、ね」
暗さんは妖艶に目を細めた。
彼が常々口にしている「常に見ている」は冗談ではなかった。
私は背筋に冷たい戦慄が走るのを感じた。
それと同時に、彼を敵に回してはいけないと思った。
ーーFinーー
事件は、唐突に起こった。
ヒトミさんに掃除を任せた応接間から、何かが割れる大きな音がした。
駆けつけた私の目に飛び込んできたのは、床に散乱した高価な花瓶の破片と、その中央でへたり込むヒトミさんの姿だった。
「どうしたの、これ……!」
「あ……●●さん、これ……」
動揺に震える彼女の肩を見て、私は反射的に駆け寄った。
「とにかく落ち着いて。怪我はない?」
「私は大丈夫です……」
「ひとまず、片付けましょう。破片が危ないわ」
私が手を伸ばした、その瞬間だった。
「●●さん!何してるんですか!」
ヒトミさんの突き放すような鋭い声。
「何って……、片付けを……」
驚いて顔を上げると、ヒトミさんは素早く私から距離を取り、騒ぎを聞きつけて集まってきた他の使用人たちの背後へ隠れていた。
その瞳には、涙が溜まっている。
「私、見たんです……。●●さんが、花台の埃を払おうとして……手が滑るのを」
心臓が冷たく脈打った。
あまりに卑劣な嘘。
だけど、周囲の空気は一変した。
「まさか、あの●●さんが?」
「最近、一段と疲れた表情をしていたので、あり得なくもない……?」
「ヒトミさんが嘘を吐くようには見えないし……」
ヒソヒソと囁かれる疑念の言葉。
その瞬間、察してしまった。
私は彼女にハメられたのだ、と。
「私ではありません。私は今、別の部屋の清掃を終えてここに来たばかりです」
毅然と言い放ったけれど、証拠がない。
仲間からの疑いの視線は向けられたまま。
「私が全部片付けますから、●●さんは下がっていてください」
健気な被害者を演じる彼女に、周囲から同情の視線が集まる。
私は一瞬にして、居場所を失った。
「割った本人にやらせればいいのに……」
「ヒトミさん、本当にいい子ね」
しょせん、長年に渡って培ってきた信頼なんてこんなものだ。
愛嬌があり、弱者の皮を被った彼女の言葉を信じてしまう。
私の信用が、音を立てて崩れていく。
「おやおや。皆さんお集まりで」
低く、高圧的な声。
人混みを割って現れたのは、暗さんだった。
彼はいつもの薄笑いを消し、冷徹な視線を私に向けている。
「暗さん、聞いてください!●●さんが……!」
ヒトミさんは瞳を潤ませながら、縋り付くように暗さんの腕を掴んだ。
「何も言わなくても分かりますよ。僕は信じていますから」
「暗さん……」
愛おしそうにヒトミさんを見つめる暗さん。
彼までもが彼女の味方をするのか。
視界が歪みそうになるのを、私は唇を噛み締めて耐えた。
惨めで、情けなくて、指先が微かに震える。
「ヒトミさん。勘違いしないでください」
「ふぇ……?」
暗さんの声が、地を這うような低音へと変質した。
彼は縋り付くヒトミさんの手を無造作に振り払うと、その指先で自らの前髪をゆっくりと掻き上げた。
その途端。
彼の額、頬、そして露わになった腕の至る所に無数の瞳がギョロリと出現した。
「百々目鬼はね、屋敷の隅々まで見通せるんですよ。キミが花瓶の側で踊るようにふざけて、袖を引っ掛けて落とした瞬間も。その後、●●さんに罪を擦り付けた、外道な魂胆もね」
「……っ、それは……!」
「
「ちょっと魔が差しただけなんです!わ、悪い所があれば何でも直します!だからっ……だからっ!」
「……では、その性格を直してください」
暗さんの放つ威圧感に、ヒトミさんは顔を青ざめさせて崩れ落ちた。
その後、ヒトミさんは即座に解雇となった。
……。
…………。
嵐が去った後の廊下で、私は1人、壁に背を預けて息を吐いた。
「助かりました、暗さん。……見ていてくれたんですね」
「当たり前じゃないですか。僕は常にキミを見ていますから、●●さん」
彼はふらりと距離を詰め、私の隣へとやってきた。
いつものタラシの顔に戻っているけれど、その瞳だけは真剣だ。
「キミがリネンを替える回数も、いつも丁寧に食器を洗う様も、先日、雛鳥を助けてあげたことも、ね」
暗さんは妖艶に目を細めた。
彼が常々口にしている「常に見ている」は冗談ではなかった。
私は背筋に冷たい戦慄が走るのを感じた。
それと同時に、彼を敵に回してはいけないと思った。
ーーFinーー
