常にキミを見ている
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新人のヒトミさんが来てから数日。
今夜は、この後の夜の見回りの業務を教えるため、彼女を探していた。
すると、廊下の曲がり角で、ヒトミさんと暗さんの声が聞こえてきた。
「今夜は、この後、僕の部屋に来てくれるんですよね?」
「え、えっと……」
久しぶりに屋敷に姿を見せたと思ったら……。
いつもなら他の使用人をタラシ込んでいるだけの彼だけれど、相手が何も知らない新人となれば話は別だ。
「暗さん!また使用人をはべらかして……!彼女はまだ仕事が残っているんです!邪魔しないでください」
私は思わず叫び、ヒトミさんの腰に手を回している彼を引き離そうと駆け寄った。
心から彼女を庇うつもりだった。
それなのに。
「……邪魔は●●さんの方ですよ。私、暗さんとゆっくりお話がしてみたかったんです」
ヒトミさんは、私の腕を振り払った。
それは、いつもの愛嬌のある彼女の顔ではなかった。
その目は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私を完全に見下している。
「ヒトミさんは、話が早くて助かります。さあ、行きましょうか」
暗さんが、見たこともないほど妖艶に、そして薄気味悪く目を細めて笑う。
「な……っ」
私はその場で凍りついた。
去り際、ヒトミさんが振り返った。
「じゃあ、楽しんできますね。お・ば・さ・ん」
2人は、暗さんの部屋のある使用人棟へと姿を消した。
……。
…………。
静かな夜の廊下には、私の歩く音だけが響き渡る。
手に持ったランタンの炎が、小刻みに揺れては壁に長い影を落とす。
結局、私は1人で夜の見回りをすることになった。
事前に夜の見回りをすることを伝えていなかった、私に非がある。
「私が悪いのよ……」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、驚くほど自信がなかった。
先ほど耳にした、ヒトミさんが最後に残した視線と言葉。
“お・ば・さ・ん”
若い彼女からしたら、私はおばさんなのかもしれない。
紛れもない事実だ。
彼女の言葉が胸の奥にこびりついて離れない。
だけど、それ以上に私の心を掻き乱していたのは、あの時の暗さんの瞳だった。
それは、いつも挨拶代わりに私を部屋へと誘う彼とは違い、まるで獲物を喰らう捕食者のような軽薄な笑みを浮かべていた。
「……あんな顔、見たことない」
いや、私が知らないだけで、他の使用人にはああやって誘い込んでいるのかもしれない。
私も、彼の誘いを受けていれば、何か変わっていたのだろうか。
ふとランタンを持つ手に目を落とすと、長年の水仕事で刻まれたあかぎれが、痛々しく残っていた。
おまけに、ヒトミさんに「おばあちゃんみたいな手」だとも言われた。
美しく着飾ることも、男を惑わす術も知らない。ただ真面目に、この屋敷に尽くすことが私の使命だと思っていたはずなのに……。
こんな私が、暗さんとどうにかなろうだなんて、おこがましい。
「……ふっ」
自棄になって、普段では考えられない思考が駆け巡り、思わず乾いた笑いが漏れた。
馬鹿らしい……。
私はランタンの持ち手をギュッと握り直した。
……。
…………。
廊下を歩き進めていると、窓の外を眺める人影を見つけた。
「……暗さん?」
月明かりを浴びて立つ彼のシルエットは、ひどく美しかった。
「やあ、●●さん。夜の見回り、お疲れ様」
「ヒトミさんはどうしたんですか?」
「……さあ?今頃、自分の部屋で顔を真っ赤にさせているか、泣いているんじゃないですか?」
一体、何があったのだろうか。
追求したい気持ちをグッと堪え、私は平然を保った。
「そう……ですか」
「そうだ。せっかくなので、僕も夜の見回りに付き合いますよ」
暗さんは私の返事を待たず、当然のように隣に並んだ。
私の方も彼を拒絶する理由がなく、無言で受け入れた。
カツンカツン……
先ほどまで単調に鳴っていた足音が、今は2人の足音が重なり合う。
いつもなら、軽口のひとつでも叩いて、私の反応を楽しんでいる彼は、驚くほどに静かだ。
ただ、隣にいる。
それだけなのに、何故か心が躍る。
「……」
私もまた、一言も発さず、ただ決められた順路を辿った。
この沈黙が心地良い。
やがて、見回りの終着点である使用人棟の入り口に辿り着いた。
「……付き添い、ありがとうございました。私は自室へ戻りますので、暗さんも休まれてください」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど普段通りだった。
「●●さんも、お疲れ様でした」
それだけ言い残すと、彼は満足げに自分の部屋がある闇の向こうへと消えていった。
今夜は、この後の夜の見回りの業務を教えるため、彼女を探していた。
すると、廊下の曲がり角で、ヒトミさんと暗さんの声が聞こえてきた。
「今夜は、この後、僕の部屋に来てくれるんですよね?」
「え、えっと……」
久しぶりに屋敷に姿を見せたと思ったら……。
いつもなら他の使用人をタラシ込んでいるだけの彼だけれど、相手が何も知らない新人となれば話は別だ。
「暗さん!また使用人をはべらかして……!彼女はまだ仕事が残っているんです!邪魔しないでください」
私は思わず叫び、ヒトミさんの腰に手を回している彼を引き離そうと駆け寄った。
心から彼女を庇うつもりだった。
それなのに。
「……邪魔は●●さんの方ですよ。私、暗さんとゆっくりお話がしてみたかったんです」
ヒトミさんは、私の腕を振り払った。
それは、いつもの愛嬌のある彼女の顔ではなかった。
その目は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私を完全に見下している。
「ヒトミさんは、話が早くて助かります。さあ、行きましょうか」
暗さんが、見たこともないほど妖艶に、そして薄気味悪く目を細めて笑う。
「な……っ」
私はその場で凍りついた。
去り際、ヒトミさんが振り返った。
「じゃあ、楽しんできますね。お・ば・さ・ん」
2人は、暗さんの部屋のある使用人棟へと姿を消した。
……。
…………。
静かな夜の廊下には、私の歩く音だけが響き渡る。
手に持ったランタンの炎が、小刻みに揺れては壁に長い影を落とす。
結局、私は1人で夜の見回りをすることになった。
事前に夜の見回りをすることを伝えていなかった、私に非がある。
「私が悪いのよ……」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、驚くほど自信がなかった。
先ほど耳にした、ヒトミさんが最後に残した視線と言葉。
“お・ば・さ・ん”
若い彼女からしたら、私はおばさんなのかもしれない。
紛れもない事実だ。
彼女の言葉が胸の奥にこびりついて離れない。
だけど、それ以上に私の心を掻き乱していたのは、あの時の暗さんの瞳だった。
それは、いつも挨拶代わりに私を部屋へと誘う彼とは違い、まるで獲物を喰らう捕食者のような軽薄な笑みを浮かべていた。
「……あんな顔、見たことない」
いや、私が知らないだけで、他の使用人にはああやって誘い込んでいるのかもしれない。
私も、彼の誘いを受けていれば、何か変わっていたのだろうか。
ふとランタンを持つ手に目を落とすと、長年の水仕事で刻まれたあかぎれが、痛々しく残っていた。
おまけに、ヒトミさんに「おばあちゃんみたいな手」だとも言われた。
美しく着飾ることも、男を惑わす術も知らない。ただ真面目に、この屋敷に尽くすことが私の使命だと思っていたはずなのに……。
こんな私が、暗さんとどうにかなろうだなんて、おこがましい。
「……ふっ」
自棄になって、普段では考えられない思考が駆け巡り、思わず乾いた笑いが漏れた。
馬鹿らしい……。
私はランタンの持ち手をギュッと握り直した。
……。
…………。
廊下を歩き進めていると、窓の外を眺める人影を見つけた。
「……暗さん?」
月明かりを浴びて立つ彼のシルエットは、ひどく美しかった。
「やあ、●●さん。夜の見回り、お疲れ様」
「ヒトミさんはどうしたんですか?」
「……さあ?今頃、自分の部屋で顔を真っ赤にさせているか、泣いているんじゃないですか?」
一体、何があったのだろうか。
追求したい気持ちをグッと堪え、私は平然を保った。
「そう……ですか」
「そうだ。せっかくなので、僕も夜の見回りに付き合いますよ」
暗さんは私の返事を待たず、当然のように隣に並んだ。
私の方も彼を拒絶する理由がなく、無言で受け入れた。
カツンカツン……
先ほどまで単調に鳴っていた足音が、今は2人の足音が重なり合う。
いつもなら、軽口のひとつでも叩いて、私の反応を楽しんでいる彼は、驚くほどに静かだ。
ただ、隣にいる。
それだけなのに、何故か心が躍る。
「……」
私もまた、一言も発さず、ただ決められた順路を辿った。
この沈黙が心地良い。
やがて、見回りの終着点である使用人棟の入り口に辿り着いた。
「……付き添い、ありがとうございました。私は自室へ戻りますので、暗さんも休まれてください」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど普段通りだった。
「●●さんも、お疲れ様でした」
それだけ言い残すと、彼は満足げに自分の部屋がある闇の向こうへと消えていった。
