純白の清掃員
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廊下の清掃が終わり、私はバケツを持って教室へと移動した、その時。
「キミは……清掃員の◯◯さん。そうか、もう清掃の時間か……」
物腰柔らかそうな声に、心臓が跳ねた。
そこには、教卓の椅子に深く腰掛け、気怠げに頬杖をついた、神酒凜太郎先生がいた。
「あ、神酒先生。……失礼しました。まだいらしたんですね、後で出直します」
「そのままでええよ。邪魔をしてんのは、居残っとる僕の方やから」
神酒先生は、細めた瞳で私を見つめた。
その視線に射抜かれ、私は逃げるように視線を床に落とす。
「それでは、お言葉に甘えて……。すぐに終わらせますね」
「別に、急かしてへんよ」
そうは言われても、意識せずにはいられない。
私はバケツにモップを浸し、固く絞り上げた。
キュッキュッ……
静まり返った教室に、湿り気を帯びた綿の擦れる音だけが響く。
神酒先生の視線を感じて、背中に薄っすらと汗が滲んだ。
見られている。
変な動き、していないかな……。
不快に思われてないかな……。
私は淡々と床を磨き上げていく。
特に、彼が立つ教壇の周りだけは、他の場所よりも念入りに磨き上げた。
「……◯◯さんは、いつも丁寧やな」
不意に頭上から降ってきた低い声に、肩がビクンと跳ねた。
顔を上げると、神酒先生はいつの間にか頬杖を解き、私の手元をじっと見つめていた。
「あ、ありがとうございます。……仕事ですから」
私は自分でも驚くほど、冷めた声でそう返した。
脳裏には、先ほど廊下でニヤニヤと笑いながら床を汚した男子生徒の顔が浮かぶ。
“ここ掃除し直しておけよ。仕事なんだからさ”
彼らが私を蔑むために使ったその言葉が、ずっと胸に残って離れない。
だから、先生の言葉も素直に受け取ることができなかった。
どうせ、彼らと同じように掃除して当然の存在だと思われている。
そんな卑屈な思いが、無意識に声を冷たくさせた。
「仕事、ねえ……」
先生は少しだけ口角を上げ、私の頑なな態度を見透かすように、吐息のような笑い声を漏らした。
「だとしても、キミは這いつくばって磨いとる。不潔やと指差す連中より、よっぽど綺麗好きやないか」
「え……」
心臓がドクン、と大きく跳ねた。
先生は、私が生徒たちに何と言われているのか、全て分かっているような口振りだった。
「……神酒先生は、気持ち悪いって思わないんですか?私、垢舐めですよ」
喉の奥から絞り出した私の問いに、先生は、
「ははは……」
と低く、喉を鳴らして笑った。
彼は椅子から立ち上がると、音もなく私との距離を詰めた。
そして、私の目の前でゆっくりと屈み込み、視線の高さを合わせた。
「僕が鬼の血を引くからって、やたらむやみに暴れまわると思うか?」
「……思いません」
「それと同じや。伝承なんて関係あらへん。目の前のキミは、誰よりも一生懸命で清潔や」
神酒先生は、フッと優しく目を細めると、私の頭を軽く撫でる仕草をして立ち上がった。
「ほな、頑張ってな。あまり根詰めすぎんように」
背後で、パタンと静かに扉が閉まる音。
嵐が去った後のような静寂が教室に戻ってきたけれど、私の心臓は煩かった。
「……見てて、くれたんだ」
妖怪の種族ではなく私という個人の仕事を見てくれた。
その事実だけで、肩の重みがスーッと消えていくような気がした。
私は、手元にあったモップの柄を、折れんばかりの力でギュッと握りしめた。
「キミは……清掃員の◯◯さん。そうか、もう清掃の時間か……」
物腰柔らかそうな声に、心臓が跳ねた。
そこには、教卓の椅子に深く腰掛け、気怠げに頬杖をついた、神酒凜太郎先生がいた。
「あ、神酒先生。……失礼しました。まだいらしたんですね、後で出直します」
「そのままでええよ。邪魔をしてんのは、居残っとる僕の方やから」
神酒先生は、細めた瞳で私を見つめた。
その視線に射抜かれ、私は逃げるように視線を床に落とす。
「それでは、お言葉に甘えて……。すぐに終わらせますね」
「別に、急かしてへんよ」
そうは言われても、意識せずにはいられない。
私はバケツにモップを浸し、固く絞り上げた。
キュッキュッ……
静まり返った教室に、湿り気を帯びた綿の擦れる音だけが響く。
神酒先生の視線を感じて、背中に薄っすらと汗が滲んだ。
見られている。
変な動き、していないかな……。
不快に思われてないかな……。
私は淡々と床を磨き上げていく。
特に、彼が立つ教壇の周りだけは、他の場所よりも念入りに磨き上げた。
「……◯◯さんは、いつも丁寧やな」
不意に頭上から降ってきた低い声に、肩がビクンと跳ねた。
顔を上げると、神酒先生はいつの間にか頬杖を解き、私の手元をじっと見つめていた。
「あ、ありがとうございます。……仕事ですから」
私は自分でも驚くほど、冷めた声でそう返した。
脳裏には、先ほど廊下でニヤニヤと笑いながら床を汚した男子生徒の顔が浮かぶ。
“ここ掃除し直しておけよ。仕事なんだからさ”
彼らが私を蔑むために使ったその言葉が、ずっと胸に残って離れない。
だから、先生の言葉も素直に受け取ることができなかった。
どうせ、彼らと同じように掃除して当然の存在だと思われている。
そんな卑屈な思いが、無意識に声を冷たくさせた。
「仕事、ねえ……」
先生は少しだけ口角を上げ、私の頑なな態度を見透かすように、吐息のような笑い声を漏らした。
「だとしても、キミは這いつくばって磨いとる。不潔やと指差す連中より、よっぽど綺麗好きやないか」
「え……」
心臓がドクン、と大きく跳ねた。
先生は、私が生徒たちに何と言われているのか、全て分かっているような口振りだった。
「……神酒先生は、気持ち悪いって思わないんですか?私、垢舐めですよ」
喉の奥から絞り出した私の問いに、先生は、
「ははは……」
と低く、喉を鳴らして笑った。
彼は椅子から立ち上がると、音もなく私との距離を詰めた。
そして、私の目の前でゆっくりと屈み込み、視線の高さを合わせた。
「僕が鬼の血を引くからって、やたらむやみに暴れまわると思うか?」
「……思いません」
「それと同じや。伝承なんて関係あらへん。目の前のキミは、誰よりも一生懸命で清潔や」
神酒先生は、フッと優しく目を細めると、私の頭を軽く撫でる仕草をして立ち上がった。
「ほな、頑張ってな。あまり根詰めすぎんように」
背後で、パタンと静かに扉が閉まる音。
嵐が去った後のような静寂が教室に戻ってきたけれど、私の心臓は煩かった。
「……見てて、くれたんだ」
妖怪の種族ではなく私という個人の仕事を見てくれた。
その事実だけで、肩の重みがスーッと消えていくような気がした。
私は、手元にあったモップの柄を、折れんばかりの力でギュッと握りしめた。
