迷子と探検家
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〜迷子と探検家〜
新緑が生い茂る5月の山。
学校行事の親睦登山オリエンテーションは、運動部でもない私にとって、もはや楽しいイベントなどではなく、ただの過酷な苦行でしかなかった。
「はぁ、はぁ……っ。みんな、体力ありすぎだってば……」
登山口を出発してから1時間。
クラスメイトたちの軽やかな背中は、どんどん遠くなっていく。
足は重く、心臓の鼓動は耳元で聞こえてきそうなほど荒々しかった。
「●●、大丈夫?かなり遅れてるよー!」
友達のチヒロが、前方で心配そうに振り返る。
その顔を見た瞬間、申し訳なさがこみ上げた。
私のせいで彼女たちのペースを乱すワケにはいかない。
私は無理やり口角を上げ、精一杯の元気なフリをして手を振った。
「ごめん、ちょっと限界!先に行ってて!自分のペースでゆっくり追いかけるから!」
「本当に?無理しないでね。上で待ってるから!」
遠ざかっていく友達を見送ると、私は道端にある苔むした大きな岩に腰を下ろした。
ひんやりとした岩の座り心地と、木々の間を吹き抜ける涼風が心地よくて、つい深い休息に身を委ねてしまった。
……。
…………。
「……っ、さすがに、そろそろヤバいかも」
ハッと気付いた時には、鳥のさえずりは消え、周囲は不気味なほど静かだった。
慌てて立ち上がり、斜面を急ぐ。
だけど、焦れば焦るほど、整備されたはずの登山道が細く、頼りなくなっていく。
木漏れ日が遮られ、周囲が妙に暗いことに気付いてスマホを取り出した。
「電波、1本……。かろうじて繋がってるけど……」
アンテナマークは消え入りそうなほど弱く、現在地を特定しようと地図アプリが虚しくぐるぐると回り続ける。
その通信の負荷が、バッテリーを無駄に消耗していく。
自力での脱出を諦め、チヒロに助けを頼もうと電話帳を開いた、その瞬間。
スマホの画面が、無慈悲にもプツンと暗転した。
道中のバスで、暇つぶしのゲームをやり込みすぎたのが仇となった。
そこへ、GPSのフル稼働がトドメを刺したらしい。
「最悪っ!」
追い打ちをかけるように、ポツリと鼻先に冷たいものが当たる。
見上げれば、先ほどまでの晴天が嘘のように、空は黒い雲に覆い尽くされていた。
山の天気は変わりやすいとは言うけれど、あまりに出来すぎた不運だ。
小雨はまたたく間に本格的な雨へと変わった。
「もーっ、ついてないにも程がある!」
雨のカーテンで視界が霞む中、必死で辺りを見渡すと、岩壁に口を開けた小さな洞穴を見つけた。
「ここで雨宿りするしかない……。失礼します……」
震える肩を抱き、逃げ込むように暗がりに足を踏み入れた、その時だった。
ガサッ
洞穴の奥から響いた乾いた音に、全身の毛穴が逆立った。
熊……?!
恐怖で顔を引き攣らせ、私はぎゅっと目を閉じて身をすくめた。
だけど、聞こえてきたのは獣の唸り声ではなく、どこか軽やかな、土を踏む足音だった。
「あれ、人がいる」
「……え?」
恐る恐る目を開けると、そこに1人の少年が立っていた。
水色の半袖シャツの制服。
日に焼けたような褐色の肌に、両目を隠すほど長い白銀の前髪。
……制服?
私たちが登り始めたとき、入り口には他校の生徒なんていなかったはずだけど……。
ふと脳裏に違和感がよぎる。
「何してるの?そんなところで丸まって」
あまりに能天気な問いかけに、私は拍子抜けしてしまった。
「……迷子になった上に、雨に降られちゃって。雨宿り中。そういうアナタは?」
「面白そうな洞穴を見つけたから、探検してた」
「へえ……。で、何かありました?」
「なーんも。少し行った先で行き止まり」
彼は大げさに肩をすくめて笑った。
遭難中の私と、探検中の彼。
あまりの温度差に、少しだけ肩の力が抜けた。
「迷子って言ってたけど、連絡は取った?」
「……スマホの充電が切れちゃって。ほら」
うんともすんとも言わない暗くなった画面を見せると、彼は、
「あー、それは困ったね」
と笑い、おもむろに手を差し出してきた。
「僕が、充電してあげようか」
「え、本当?助かる!」
モバイルバッテリーでも貸してくれるのかと思い、私はスマホを彼の手のひらに乗せた。
だけど、彼は鞄を探る様子もない。
彼がスマホを握った、その瞬間。
パチ……パチパチッ
指先から、青白い火花が弾けるような音が聞こえた。
それは、彼自身の血管を電気が駆け巡っているような、幻想的な光景。
「……え、待って、今の……」
「はい、できたよ」
驚く暇もなく、スマホが返された。
受け取った端末は、ほんのりと温かい。
半信半疑で電源ボタンを押すと、液晶には「100%」という、ありえない数字が表示されていた。
「これ……どういうギミックなの?」
「内緒。それより、早く連絡した方がいいんじゃない?」
言われるがままに、私はすぐにチヒロへ連絡を入れた。
弱い電波を拾い、無事にメッセージが送信される。
それから数十分。
雨が上がり、木々の葉から滴る雫が光り始めた頃、遠くから先生の声が近付いてきた。
「あ、ウチの学校の先生だ……!」
「よかったね」
安堵の溜息を吐き、お礼を言おうと振り返ると、彼はもう、光の差し込む出口へと歩き出していた。
「……ねえ、待って!キミの名前は!?」
叫ぶように問いかけると、彼は足を止め振り返った。
白銀の前髪の隙間から覗く瞳が、陽の光を反射してか、金色に鋭く輝いて見えた。
「僕は尾形光。今度は迷子にならないようにね」
彼がイタズラっぽく笑った瞬間、一筋の風が吹き抜け、眩しい日差しが視界を白く染めた。
光が収まったときには、もうそこには誰もいなかった。
ただ、私の手元にあるスマホだけが、ありえないほどの熱を持って、彼が確かにそこにいたことを証明していた。
ーーFinーー
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