嘘つキ
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教育実習の最終日。
神酒先生に写真を見られて以来、私はずっと彼にぎこちない態度を取ってしまった。
せっかく再会できたのに、このまま中途半端な別れ方をするのは嫌だった。
だから、もう一度勇気を出して、彼に本当のことを伝えようと心に決めた。
最後の授業が終わり、生徒たちと名残惜しく別れた後、私はすぐに神酒先生を探した。
職員室に彼の姿はなく、図書館、保健室、体育館と校舎を回ったけれど、どこにも見つからない。
もう会えないのだろうか。
諦めかけて、ふと3階から吹き抜けの中庭を見下ろしてみた。
すると、その中心に堂々と聳え立つ大樹の根元に、神酒先生の姿を捉えた。
安堵と期待が入り混じり、胸の鼓動が高まった。
私は慌てて階段を駆け下りた。
どうか、まだそこにいて。
その一心で、一段飛ばしで駆け抜ける。
息を切らしながら中庭へ飛び込むと、夕暮れの柔らかな光に包まれた神酒先生は、やはりそこにいた。
「良かった……」
荒い呼吸を整えてから近付いた。
足元の小石がジャリッと音を立てる。
その音に気付いたのか、彼はゆっくりと私の方へ顔を向けた。
「なんや、◯◯さんか」
いつもと変わらない、少しけだるそうな声。
「先生、私、今日で実習最後なんです」
「ほうか、お疲れさん」
神酒先生は素っ気なく返事をした。
彼にとって、私に言いたいことは何もないのだろう。
それでも、私には伝えなければならないことがあった。
一度固く結んだ唇を開き、覚悟を決める。
「神酒先生……。最後なので、先生に聞いてほしいことがあるんです」
彼は何も言わず、ただ静かに私の次の言葉を待った。
「私、本当は鬼じゃないんです」
そう言って、顔に着けていた鬼の面を外した。
夕陽が仮面を外した私の顔を照らし出す。
もう隠すものは何もない。
「私……人間なんです」
神酒先生は今、どんな顔をしているだろう。
軽蔑した顔、それとも、呆れた顔?
恐る恐る目を合わせると、そのどれでもなかった。
それどころか、意外な言葉が返ってきた。
「いや、◯◯さんは鬼だよ」
「え……?」
どういう意味?
神酒先生の言葉が理解できなかった。
彼の様な角もなければ、鋭い牙もない。
力だって貧弱だ。
それなのに私が鬼?
困惑する私に、彼はふっと穏やかに微笑んだ。
「嘘つ鬼 って鬼」
「嘘つき……?」
彼の冗談めいた言葉に、私の肩から力が抜けていく。
「僕な、本当 は最初からキミが人間やって気付いとった。だって妖力が感じられへんから。せやから、初めは晴明君繋がりの人間なんやと思ってた」
私の心臓が、トクンと大きく音を立てた。
「せやけどな、職員室で◯◯さんが一度だけ仮面を外したのを見てしもうて。そのときは気のせいやと思った。それが例の写真を見て確信に変わった」
私は思わず息を飲む。
「キミ、10年前にここに迷い込んできた子やろ。やから、それを隠して実習生のフリをしとった◯◯さんは、嘘つ鬼 」
嬉しかった。
10年前の写真を見られたとは言え、忘れていなかった。
遠い日の、たった一度の出会いを、彼は覚えていてくれた。
「私……あの時と変わったのに……。10年も経ったのに……」
「僕ら妖怪にとって10年はついこの間のことやで」
彼の言葉は、まるで何でもないことのように、あっけらかんとしていた。
妖怪と人間、時間の流れの隔たりを痛感させられる。
「じゃあ、なんで気付いたときに言ってくれなかったんですか?」
私の問いに、神酒先生は一瞬言葉を詰まらせた。
それから、少し寂しそうに目を伏せる。
「……怖かったんや。◯◯さんが一生懸命隠そうとするから」
彼の意外な言葉に、私は胸が締め付けられる。
「だって……そうするしか、アナタに近付けないと思ったから……」
人間の私が妖怪の学校に居座るには、そうするしか……。
「僕ら、お互いに勘違いしとったんやな」
私たちは2人して、ふっと笑い合った。
お互いの勘違いが、少しだけおかしくて、だけどなんだか温かくて。
「神酒先生、私が仮面外してから、少しだけぎこちなくなりましたよね」
「知ってるやろ。僕が女性を苦手なん」
私がそう言うと、神酒先生は照れくさそうに頬を掻いた。
初めて異性として接してくれたことが分かり、私の顔は熱くなった。
だけど、それと同時に別れが迫っていることを知らせる。
それを察したのか神酒先生は、優しい言葉をかけてくれた。
「また、いつでもここにおいで。今度は仮面なしで」
彼の言葉を胸に、私は大きく頷いた。
「はい、先生。また来ます、必ず」
そう答えると、彼は満足そうに微笑んだ。
「待っとるで」
その言葉を最後に、私たちは何も話さず、ただ並んで歩いた。
百鬼学園と本州を繋ぐ扉に手をかけ、私は振り返る。
神酒先生は、じっと私のことを見守ってくれていた。
「じゃあ、神酒先生。またね」
私は、精一杯の笑顔で手を振った。
「おう。気ぃ付けて帰りや」
私は深く頭を下げ、そして、振り返らずに歩き出した。
彼の姿が、遠ざかっていく。
だけど、私の心はちっとも寂しくない。
だって、またいつでもアナタに会えるのだから。
ーーFinーー
神酒先生に写真を見られて以来、私はずっと彼にぎこちない態度を取ってしまった。
せっかく再会できたのに、このまま中途半端な別れ方をするのは嫌だった。
だから、もう一度勇気を出して、彼に本当のことを伝えようと心に決めた。
最後の授業が終わり、生徒たちと名残惜しく別れた後、私はすぐに神酒先生を探した。
職員室に彼の姿はなく、図書館、保健室、体育館と校舎を回ったけれど、どこにも見つからない。
もう会えないのだろうか。
諦めかけて、ふと3階から吹き抜けの中庭を見下ろしてみた。
すると、その中心に堂々と聳え立つ大樹の根元に、神酒先生の姿を捉えた。
安堵と期待が入り混じり、胸の鼓動が高まった。
私は慌てて階段を駆け下りた。
どうか、まだそこにいて。
その一心で、一段飛ばしで駆け抜ける。
息を切らしながら中庭へ飛び込むと、夕暮れの柔らかな光に包まれた神酒先生は、やはりそこにいた。
「良かった……」
荒い呼吸を整えてから近付いた。
足元の小石がジャリッと音を立てる。
その音に気付いたのか、彼はゆっくりと私の方へ顔を向けた。
「なんや、◯◯さんか」
いつもと変わらない、少しけだるそうな声。
「先生、私、今日で実習最後なんです」
「ほうか、お疲れさん」
神酒先生は素っ気なく返事をした。
彼にとって、私に言いたいことは何もないのだろう。
それでも、私には伝えなければならないことがあった。
一度固く結んだ唇を開き、覚悟を決める。
「神酒先生……。最後なので、先生に聞いてほしいことがあるんです」
彼は何も言わず、ただ静かに私の次の言葉を待った。
「私、本当は鬼じゃないんです」
そう言って、顔に着けていた鬼の面を外した。
夕陽が仮面を外した私の顔を照らし出す。
もう隠すものは何もない。
「私……人間なんです」
神酒先生は今、どんな顔をしているだろう。
軽蔑した顔、それとも、呆れた顔?
恐る恐る目を合わせると、そのどれでもなかった。
それどころか、意外な言葉が返ってきた。
「いや、◯◯さんは鬼だよ」
「え……?」
どういう意味?
神酒先生の言葉が理解できなかった。
彼の様な角もなければ、鋭い牙もない。
力だって貧弱だ。
それなのに私が鬼?
困惑する私に、彼はふっと穏やかに微笑んだ。
「嘘つ
「嘘つき……?」
彼の冗談めいた言葉に、私の肩から力が抜けていく。
「僕な、
私の心臓が、トクンと大きく音を立てた。
「せやけどな、職員室で◯◯さんが一度だけ仮面を外したのを見てしもうて。そのときは気のせいやと思った。それが例の写真を見て確信に変わった」
私は思わず息を飲む。
「キミ、10年前にここに迷い込んできた子やろ。やから、それを隠して実習生のフリをしとった◯◯さんは、嘘つ
嬉しかった。
10年前の写真を見られたとは言え、忘れていなかった。
遠い日の、たった一度の出会いを、彼は覚えていてくれた。
「私……あの時と変わったのに……。10年も経ったのに……」
「僕ら妖怪にとって10年はついこの間のことやで」
彼の言葉は、まるで何でもないことのように、あっけらかんとしていた。
妖怪と人間、時間の流れの隔たりを痛感させられる。
「じゃあ、なんで気付いたときに言ってくれなかったんですか?」
私の問いに、神酒先生は一瞬言葉を詰まらせた。
それから、少し寂しそうに目を伏せる。
「……怖かったんや。◯◯さんが一生懸命隠そうとするから」
彼の意外な言葉に、私は胸が締め付けられる。
「だって……そうするしか、アナタに近付けないと思ったから……」
人間の私が妖怪の学校に居座るには、そうするしか……。
「僕ら、お互いに勘違いしとったんやな」
私たちは2人して、ふっと笑い合った。
お互いの勘違いが、少しだけおかしくて、だけどなんだか温かくて。
「神酒先生、私が仮面外してから、少しだけぎこちなくなりましたよね」
「知ってるやろ。僕が女性を苦手なん」
私がそう言うと、神酒先生は照れくさそうに頬を掻いた。
初めて異性として接してくれたことが分かり、私の顔は熱くなった。
だけど、それと同時に別れが迫っていることを知らせる。
それを察したのか神酒先生は、優しい言葉をかけてくれた。
「また、いつでもここにおいで。今度は仮面なしで」
彼の言葉を胸に、私は大きく頷いた。
「はい、先生。また来ます、必ず」
そう答えると、彼は満足そうに微笑んだ。
「待っとるで」
その言葉を最後に、私たちは何も話さず、ただ並んで歩いた。
百鬼学園と本州を繋ぐ扉に手をかけ、私は振り返る。
神酒先生は、じっと私のことを見守ってくれていた。
「じゃあ、神酒先生。またね」
私は、精一杯の笑顔で手を振った。
「おう。気ぃ付けて帰りや」
私は深く頭を下げ、そして、振り返らずに歩き出した。
彼の姿が、遠ざかっていく。
だけど、私の心はちっとも寂しくない。
だって、またいつでもアナタに会えるのだから。
ーーFinーー
