お騒がせプチ事件簿
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一歩足を踏み入れると、そこには洞窟特有のしんと沈んだ、湿り気を帯びた空気が停滞していた。
幸いにも迷うような分岐のない1本道。
だけど、奥へ進むにつれて入り口の光は遠のき、私たちはスマホのライトを頼りに真っ暗闇を探索することになった。
小さな光だけが頼りの視界。
そのせいで、自然が仕掛けた小さなトラップを避けることは難しかった。
「うわっ!なんか顔に付いた!ヤダッ!何これ!」
不意に顔を覆った、ねっとりとした不快な感触。
パニックになり、振り払おうと腕をバタバタと動かすけれど、絡みつく糸は一向に取れる気配がない。
「●●ちゃん、落ち着いて!大丈夫、ただの蜘蛛の巣だから!」
「取って!取って!」
焦る私の前に、出久君が割って入った。
彼は鞄からオールマイトの刺繍が入ったタオルを取り出すと、優しい手つきで、私の顔に付いた糸を丁寧に拭い去ってくれた。
「はい、これでもう大丈夫だよ。怪我はない?」
「あ、ありがとう……。ごめんね、大袈裟に騒いじゃって」
冷静さを取り戻すと、たかが蜘蛛の巣で取り乱した自分が急に恥ずかしくなった。
だけど、そんな私を安心させるように、彼は自分の胸を力強く叩いた。
「僕を誰だと思ってるの?ヒーロー科だよ!どんな小さなことでも、助けを求めている人を笑ったりなんてしないさ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
昔から泣き虫で、でも誰より優しかった彼。
その優しさを失わないまま、彼は着実に格好良いヒーローへ成長している。
もう、あの頃の泣き虫な男の子はここにはいない。
出久君なら、きっと最高のプロヒーローになれる……。
「さあ、行こうか!」
歩き続けて数分。
不意に頬を撫でる風の向きが変わった。
心なしか、闇の先が白く滲んでいるように見える。
その方向に向かって歩くと、光が強くなってきた。
「見て、出久君!出口だよ!」
「うん……微かに猫の鳴き声も聞こえる気がする」
どちらからともなく駆け足になり、吸い込まれるように白い光の中へと飛び出した。
「眩しい……っ」
「目が……」
ようやく光に慣れた視界の先。
そこには、私のキーホルダーを咥えた三毛猫が、小さな子猫たちに囲まれて丸まっていた。
ここが彼女たちの住処なのだろう。
猫は、咥えていたものが食べられないと悟ったのか、飽きたようにポイッとそれを巣の端へ放り出した。
私はそれを、今度こそ誰にも奪われないよう、両手でしっかりと拾い上げた。
「……よかった、無事だった」
指先に触れるキーホルダーの質感に浸っていると、そこで初めて気が付いた。
自分たちの立っている場所の美しさに。
「海だ……」
崖からの落下防止に設置されているフェンス越しに、広がる広大な海。
潮騒の音と共に、風が独特のニオイを運んでくる。
それと同時に、鼻腔を突いた例のニオイ。
「このニオイ……」
「どうしたの、●●ちゃん?」
学校の教室で嗅いだ、あの血のニオイ。
だけど、目の前の出久君も、私も、かすり傷こそしているけれど、香ってくるほどの出血はしていない。
もしかして……。
私は、潮風にさらされたフェンスに目を向けた。
鉄製のそれは、至る所が赤茶色に錆びついている。
「これ、血のニオイじゃない。……錆びついたフェンスのニオイだ」
「あ……本当だ。潮風で酸化が進んで、鉄のニオイが強烈になってたんだね」
出久君も納得したように頷いた。
未来の香りは嘘をつかない。
だけど、その正体までは教えてくれない。
血を流す未来ではなく、血と同じ成分のニオイに出会う未来を、私は嗅いでしまったのだ。
「なんだー……心配して損しちゃった」
一気に体の力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
隣に、出久君も同じように腰を下ろす。
「でも、僕は安心したよ。●●ちゃんが怪我をするワケじゃないって分かって」
「出久君……」
私が出久君を心配していたように、彼もまた、私の身に何かが起きるのではないかとずっと不安に思ってくれていたのだ。
「あと、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど……」
出久君は少し照れくさそうに笑いながら、沈みゆく夕日を見つめた。
「●●ちゃんと一緒に、なんだか冒険ができたみたいで楽しかったよ」
「ふふ、私も。最高にドキドキした」
こうして、私たちの短い冒険は幕を閉じた。
今日の出来事は、生涯忘れることはないだろう。
沈みゆく夕焼けを眺めながら、私たちはいつまでも並んで、穏やかな風に吹かれていた。
ーーFinーー
幸いにも迷うような分岐のない1本道。
だけど、奥へ進むにつれて入り口の光は遠のき、私たちはスマホのライトを頼りに真っ暗闇を探索することになった。
小さな光だけが頼りの視界。
そのせいで、自然が仕掛けた小さなトラップを避けることは難しかった。
「うわっ!なんか顔に付いた!ヤダッ!何これ!」
不意に顔を覆った、ねっとりとした不快な感触。
パニックになり、振り払おうと腕をバタバタと動かすけれど、絡みつく糸は一向に取れる気配がない。
「●●ちゃん、落ち着いて!大丈夫、ただの蜘蛛の巣だから!」
「取って!取って!」
焦る私の前に、出久君が割って入った。
彼は鞄からオールマイトの刺繍が入ったタオルを取り出すと、優しい手つきで、私の顔に付いた糸を丁寧に拭い去ってくれた。
「はい、これでもう大丈夫だよ。怪我はない?」
「あ、ありがとう……。ごめんね、大袈裟に騒いじゃって」
冷静さを取り戻すと、たかが蜘蛛の巣で取り乱した自分が急に恥ずかしくなった。
だけど、そんな私を安心させるように、彼は自分の胸を力強く叩いた。
「僕を誰だと思ってるの?ヒーロー科だよ!どんな小さなことでも、助けを求めている人を笑ったりなんてしないさ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
昔から泣き虫で、でも誰より優しかった彼。
その優しさを失わないまま、彼は着実に格好良いヒーローへ成長している。
もう、あの頃の泣き虫な男の子はここにはいない。
出久君なら、きっと最高のプロヒーローになれる……。
「さあ、行こうか!」
歩き続けて数分。
不意に頬を撫でる風の向きが変わった。
心なしか、闇の先が白く滲んでいるように見える。
その方向に向かって歩くと、光が強くなってきた。
「見て、出久君!出口だよ!」
「うん……微かに猫の鳴き声も聞こえる気がする」
どちらからともなく駆け足になり、吸い込まれるように白い光の中へと飛び出した。
「眩しい……っ」
「目が……」
ようやく光に慣れた視界の先。
そこには、私のキーホルダーを咥えた三毛猫が、小さな子猫たちに囲まれて丸まっていた。
ここが彼女たちの住処なのだろう。
猫は、咥えていたものが食べられないと悟ったのか、飽きたようにポイッとそれを巣の端へ放り出した。
私はそれを、今度こそ誰にも奪われないよう、両手でしっかりと拾い上げた。
「……よかった、無事だった」
指先に触れるキーホルダーの質感に浸っていると、そこで初めて気が付いた。
自分たちの立っている場所の美しさに。
「海だ……」
崖からの落下防止に設置されているフェンス越しに、広がる広大な海。
潮騒の音と共に、風が独特のニオイを運んでくる。
それと同時に、鼻腔を突いた例のニオイ。
「このニオイ……」
「どうしたの、●●ちゃん?」
学校の教室で嗅いだ、あの血のニオイ。
だけど、目の前の出久君も、私も、かすり傷こそしているけれど、香ってくるほどの出血はしていない。
もしかして……。
私は、潮風にさらされたフェンスに目を向けた。
鉄製のそれは、至る所が赤茶色に錆びついている。
「これ、血のニオイじゃない。……錆びついたフェンスのニオイだ」
「あ……本当だ。潮風で酸化が進んで、鉄のニオイが強烈になってたんだね」
出久君も納得したように頷いた。
未来の香りは嘘をつかない。
だけど、その正体までは教えてくれない。
血を流す未来ではなく、血と同じ成分のニオイに出会う未来を、私は嗅いでしまったのだ。
「なんだー……心配して損しちゃった」
一気に体の力が抜け、私はその場にへたり込んだ。
隣に、出久君も同じように腰を下ろす。
「でも、僕は安心したよ。●●ちゃんが怪我をするワケじゃないって分かって」
「出久君……」
私が出久君を心配していたように、彼もまた、私の身に何かが起きるのではないかとずっと不安に思ってくれていたのだ。
「あと、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけど……」
出久君は少し照れくさそうに笑いながら、沈みゆく夕日を見つめた。
「●●ちゃんと一緒に、なんだか冒険ができたみたいで楽しかったよ」
「ふふ、私も。最高にドキドキした」
こうして、私たちの短い冒険は幕を閉じた。
今日の出来事は、生涯忘れることはないだろう。
沈みゆく夕焼けを眺めながら、私たちはいつまでも並んで、穏やかな風に吹かれていた。
ーーFinーー
