乙狩アドニス
名前
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-「一年生のプロデューサーというのは、お前のことか?」
ふたりの出会いは学院の飼育小屋だった。飼育されている子うさぎが可愛くて度々様子を見に行っていた名前は、その場で乙狩アドニスと初めて出会ったのである。隣から冒頭の台詞を問いかけられ、彼女はこくりと頷いた。実を言うとこの時から、彼女は彼に一目惚れしたのである。「お前も、随分と小さくてか弱そうだな」と子うさぎと自分を見比べながら視線を向けられ、引っ込み思案な彼女は少し気後れしていた。そんなこともあり彼らは顔見知りになった。ある日の朝、クラスメイトの天満光と歩いていると、彼は前から歩いてきた人物を見つけダッシュで近寄っていった。よくよく見てみれば、この前知り合った先輩だと気付き、彼女は笑顔になった。「アドちゃん先輩!この子、クラスメイトの名前ちゃんていうんだぜ!よろしくなんだぜ〜」と隣で光が説明してくれるも、彼女はそれどころではなかった。何故なら挨拶すれば、頭をわしゃわしゃと撫でられたからだ。「お前はもっと肉を食べるべきだ」と小さきものは放っておけない彼は相変わらずの言動だ。それを見て、光は提案した。「名前ちゃん、陸上部の見学に来たらいいんだぜ!」と。アドニスもその提案に賛成し、名前に微笑みかけた。
―「君は小さくて可愛いなあ!よーし!ママが高い高いしてあげよう!」
「部長、やめてくれ。名前が怖がっている」
その日、陸上部に赴けば、部長の三毛縞斑に高い高いをされて怯えているところをアドニスに助けられた。そしてまたある時。アンデッドのプロデュースに携わった名前は羽風薫にデートの誘いを受けた。「名前ちゃんかぁ。可愛いね。お兄さんとデートしない?」と声をかけられ、相手が三年生ということもあり彼女は完全に萎縮してしまっていた。周りにチラチラと視線を向け、目が合ったアドニスの背中に隠れる。「小さきものは俺が守る」と彼が薫に立ち向かってくれた。「えー。もしかしてアドニスくん、名前ちゃんとそういう仲なの?」とあらぬ疑いを持たれてしまったことなど、彼は全く気にしてはいなかった。しかし、アドニスの背に隠れる名前はそんな疑惑を抱かれるとは思わず、戸惑い、彼の服の裾を握る手に力が入っていた。
「アドニス先輩。ありがとうございます」
「気にするな。俺が名前を守るのは当然のことだ」
そんなに親しくもない自分のことをいつも守ってくれるなんて素敵すぎる!と、彼女はアドニスにベタ惚れだったのだが、彼は全く気付く様子もなく「名前は守ってやりたくなるな」と事も無げに頭をぽんぽんと撫でてくれた。なんてかっこいいのだろうとうっとりしてしまう。だが、そんな恍惚とした表情を、この人だけは見逃さなかった。アドニスと同じ陸上部の鳴上嵐は、「名前ちゃんて本当に可愛いわねぇ」と好意的に話しかけてくれた。そして、名前の視線の先にはアドニスが居ることにも気付いており、「アドニスちゃんも隅に置けないわね」と笑いながら彼らを引き合わせた。「名前ちゃんが応援にきてくれてるわよ」と。名前は彼にタオルとドリンクを手渡すだけで心臓が破裂しそうな程にバクバクとしていた。嵐や光とは普通に喋れるのに、どうしてアドニスを相手にするとこんなに口下手になってしまうのだろうか。と、名前は自分の性格を恨めしいとすら感じていた。
―「この想いには蓋をするしかないのか…」
自室のベッドの上で横たわりながらぽつりと独りごちたのは、本日目撃した光景、そして彼の言動が原因だった。部活もレッスンもなかった今日の帰り道。学院近くの公園で、アドニスが普通科の女子に告白されている場面に出くわしてしまったのである。「俺は、お前の気持ちに応えることは出来ない」すっぱりと断る彼の一言に安心したと同時に、その言葉は彼に好意を寄せている自分にも向けられているように思えて気持ちが沈んでしまった。そしてこの日以降、名前は彼との接触を完全に絶ってしまったのだ。名前の心境を知る由もないアドニスは、近頃名前の姿を見ていないことに違和感を感じていたと同時にショックを受けていた。陸上部の練習に顔を見せることもなければ、ユニットのレッスンで会うこともなく。極端に避けられているように思え、やはり自分は怖がられているのでは?と深読みさせてしまうことに繋がってしまった。―「アドちゃん先輩が寂しがってたんだぜ~」―「そんな遠くから見てないで、近くで見学したらいいじゃないの」クラスで光から言われた言葉。そして物陰から部活中のアドニスを眺めていた時に嵐からかけられた言葉。彼らの言い分は分かるが、彼女にはどうしてもそれが出来なかった。好きだから、関係を壊してしまいたくなかったが故に、彼を避けることでしか自分を保てなかったのである。しかし、偶然か必然か。彼女の体調不良により、彼らは再び引き合わされた。次の授業は体育だ。と、更衣室に向かう途中、アドニスがぶつかったのは光であり、彼の話からすると、名前が熱を出して倒れたと判断出来た。思わず廊下を走ってしまう程にいてもたってもいられなくなった。「俺は保健室空けるから、お前が傍に居てやれ」と保健医の佐賀美陣に伝えられた彼は彼女の眠るベッドへ近付き、小さなその手を握っていた。眠っているにも関わらず、絡んだ指がきゅっと彼の手を掴んで離さない。あどけないその寝顔を見て…あの日自分に向けられた眼差し、彼女の明るい笑顔を思い出した彼は言いようのない愛おしさに胸が締め付けられた。
「お前のことを考えると、胸が苦しくなるのは何故だろうな…」
その独り言は誰にも聞かれることはなかったが、その直後に目を覚ました名前と視線が絡んだ。繋がれていた手は離れていたが、何故ここに彼がいるのか。状況を理解出来ないというように視線を泳がせ、ベッドから起き上がった彼女は「アドニス先輩。ここに居ていいんですか?」と問いかける。時計を見て分かる。彼が授業をサボってまでここへ来てくれたということが。だが、彼の口からは予想外の台詞が飛び出した。「余計なことは考えなくていい。俺は、お前の傍に居たくてここにいるんだ」と。いつものように、大きな手で優しく頭を撫でられ、涙が出そうになる。「俺はお前に嫌われてしまったのかもしれないが、」と彼は現在一番気がかりなことを投げかけたが、彼女からすればその言葉は有り得ないものであり、首を振って否定を示した。「嫌いなどころか、好きになりすぎて避けていたんです」自然と溢れてくる想いからか、彼女の本音は止められなかった。「こんな事を伝えるのは迷惑ですよね」と謝る彼女の言葉を止めたのは、彼の唐突な抱擁が原因だった。
「迷惑なわけがないだろう。お前に嫌われていなくてよかった」
「私…先輩のこと好きでいていいんですか…?」
腕の中で真っ赤になりながら想いを伝えてくれる彼女が余程愛おしいのか、彼は割れ物を扱うように優しく抱き締める。「俺がお前を守りたいと思うのは、お前がこんな俺を好きだと言ってくれるからなのだろうな」「こんなに大切にしたいと思わされたのは生まれて初めてだ」と普段寡黙な彼の発言とは思えない台詞を聞いて、名前は動けなくなった。このまま時が止まってしまえばいいと願った。それくらい彼の腕の中は温かく、今この瞬間が幸せに満たされていたからだ。腕を解くと、見えた名前のはにかんだ顔、焦がれるような瞳に庇護欲が駆り立てられ、アドニスはもう一度名前を腕の中に閉じ込めた―
END