乙狩アドニス
名前
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―恋人の部屋にて、いかがわしい雑誌が隠されているんじゃないかと行動に移してしまった名前は後悔すると同時にショックを受けていた。アドニスの自室に入れてもらえたのは本日が初めてではなかったが、そういったものをこっそり捜索したのは初めてだった。彼が飲み物を取りに行ってくれている間、本棚に挟まっていたそれを見つけ、引き抜いて中を覗く。ぺらぺらと数ページ見ては溜め息をつき、急いで雑誌を元の場所に戻した。自分とは違い、胸の大きな女性の下着姿が載っており、自分の胸に視線を落としては自嘲的な薄ら笑いを漏らして膝を抱える。告白したのだって、自分からだった。優しい彼はそれに応えてくれただけなのだろう。と、彼と付き合う前の経緯を思い出すと途端に虚しくなった。硬派なアドニスにもそういう欲があると判明して、複雑な気持ちになったのには理由がある。何故なら、付き合ってから彼はちっとも手を出してこないからだ。キスだって数える程度しかしていない。その先に進めるのはいつになるだろうかと悩んでいた矢先の出来事だった。確かに自分は、胸も大きくなければ色気のあるようなタイプでもない。そんな自分に、アドニスが欲情してくれないのは仕方の無いことかもしれない。と名前が自己嫌悪に陥ってしまった時、部屋の扉が開いて彼が戻ってきた。
「どうかしたか?浮かない顔をして。名前は普段から少食だし、もっと肉を食べた方がいいんじゃないか?」
「何でもないよ。肉なら、わりと食べてると思うんだけどな…」
あんなものを見つけてしまった後に、彼にどんな接し方をしたらいいのか。と、名前の様子は明らかにおかしかった。どんなに否定されようとも、アドニスも気付いていた。名前にいつもの元気がない。二人きりの時はもっとスキンシップが豊富だった気がするが、本日はそんなこともなく、むしろ距離を置かれているようだった。アイスコーヒーを飲んでいる彼女に手を伸ばし後ろから抱きしめるも、唐突に「悪いけど、そろそろ帰るね」と逃げられてしまった。名前の様子が違うのには気付いているが、その原因が全く分からないまま時は過ぎ、翌朝の教室で顔を合わせた。
―挨拶の瞬間に少しだけ目が合ったが、その後すぐに彼女は教室を出ていってしまった。どうも避けられている気がしてならない。一方の名前はというと、こういう時に限ってアンデッドのプロデュースを担当してしまい、またしてもアドニスを避けるしかなかった。クラスの違う晃牙に話しかけ、他愛のない会話をしていると、晃牙からも「お前が俺様に話しかけてくるなんて珍しいじゃねぇか。アドニスと喧嘩でもしたか?」と訝しげに訊かれた。
「違うよ。喧嘩なんてしてないよ…。ねぇ、晃牙くんにお願いがあるんだけど。アドニスくんの好きなタイプ、どんな女性か訊いてみてくれないかな?」
「はぁ?そんなの、お前と付き合ってんなら、アドニスの好きなタイプは名前なんじゃねぇの?」
「バカップルの痴話喧嘩なら、他所でやってくれ」と晃牙に背中を押された彼らは隣の空き教室に押し込まれた。背後で扉が閉められ、アドニスが名前に視線を向けた。だが、彼女は気まずそうに視線を逸らす。やがてアドニスが口を開いた。「俺の好きなタイプが…と聞こえたが。俺の事を大神に相談していたのか?」と問いかける彼に頷いて、ここ数日悩んでいた内容に触れた。名前の元気がない原因が自分にあったこと、そして彼女が気にしている事を聞き…あの日、自分の部屋であの雑誌を見つけてから気に病んでいるのだと知った。そして、深く後悔した。「アドニスくんもこういうの、興味あるんじゃないの?」と薫によって勝手に入れられていた雑誌だったのだ。早々に処分してしまえば、こんなに名前を傷付けずに済んだのに。
「ねぇ。アドニスくん…本当は、あの雑誌に載ってたみたいな色気のある綺麗な人が好きなんでしょ?だから私に手を出さないんでしょ?」
「本当のことを言って」とその視線が訴えていた。今にも泣き出しそうな名前は唇を噛み締めて堪えている。いじらしいその姿を見つめ、思わず手を伸ばした彼は、厚い胸板に彼女を抱き寄せた。静寂な部屋には、嗚咽混じりの名前の声とアドニスの落ち着いた声だけが響く。「あの雑誌は、羽風先輩が勝手に鞄に入れたものだ。勘違いさせてすまない」と、頬に伝った涙は彼の手で拭われた。彼の抱擁に中々応えられずにいた彼女がおずおずと彼の背に手を回した。近頃は避け続けていたせいで、彼の温もりを一際愛おしく感じる。涙の止まった名前の額に口付けが落とされ、アドニスが続けて胸の内を明かしていく。
「そういう仲になるにはまだ早いんじゃないかとも思ったんだ。それに、名前を怖がらせたり嫌われてしまうんじゃないかと考えたら手を出せなかった」
「まさか不満がられていたとは予想外だった」と告げる彼に勢いよく抱きついて、名前は彼と唇を重ねた。「アドニスくんが、私を大事にしてくれてるのは分かってるけど。そういう関係になりたいの」と身長差がある為、上目遣いになる彼女と視線が絡む。こんな可愛い頼みを、ましてや恋人の懇願を無下にできる筈が無い。とアドニスは小さな溜め息をついた。しかし、その耳元で囁かれた言葉を聞いて返答に詰まった。「明日はずっと一緒にいられるんだから、アドニスくんとキス以上のことがしたいな」と。
「気が早すぎるんじゃないか?」
「えー。アドニスくん、そういうことしたくないの?」
「いや。そういうことをするなら、俺は名前以外には考えられない」
END