伏見弓弦
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-「私の人生、これでいいのかなぁ…」
涼しい夜風が、乾かしたばかりの名前の髪を揺らし、彼女の物憂げな瞳は夜空に瞬く星々に向けられていた。姫宮邸のバルコニーで独りごちた彼女は、はぁ…と深い溜め息をつく。それと同時に、背後から聞こえた足音にびくりと肩を揺らした。「夜は冷えますよ」と声がした瞬間に、肩にカーディガンがかけられた。弓弦だ。そう気付いた彼女は、尚更動けなくなった。今の独り言を聞かれたかも…と、羞恥心に駆られ、逃げ出したい気持ちになる。それなのに足が竦んでしまい、ぼんやりと遠くの景色を眺める。すぐに去るかと思っていた弓弦は、隣に立ち、彼女のほうに視線を向けている。弟の桃李の執事である弓弦が、何故か自分の世話を焼いている。だからこそ、「もう戻っていいよ」と声をかけたのだが、弓弦は従わなかった。
「何を悩んでおられるのですか?名前様」
私で宜しければ、ご相談くださいまし。と、その言葉は彼女にとって酷(こく)でしかないものだった。姫宮家の長女である名前には近頃、多くの縁談の話が持ち上がっていた。このまま政略結婚させられるのは当然の成り行きだ。それなのに、この運命に抗いたいと思うようになってしまった。それは全て、最も近くに居る異性の弓弦のせいだと言っても過言ではない。
-悩みの元凶に、相談なんて出来る筈がない。私の気持ちも知らないで….。とムッとした表情の彼女は彼から顔を背け、「それは出来ない」と断言する。続けて、「この悩みは、弓弦を困らせる事にしかならない」と。神妙な面持ちの弓弦に背を向けて去っていこうとする彼女は、色々と諦めていた。弓弦の傍に居るだけで胸が苦しかった。腹を括って彼に背中を向けたというのに、掴まれた手は振り解けなかった。「離して」と言葉とは裏腹に、離してほしくない。そんな名前の表情は今にも泣き出してしまいそうだった。カーディガン越しに温もりを感じ、身動きがとれなくなった彼女は、後ろから彼に抱きしめられていると悟った。
「名前様に困らされるならば、本望です」
「何言ってるの。私に好かれたって、弓弦は困るだけでしょう?」
言わないようにしてたのに…。と、彼女は悔しそうにそう呟いた。抱きしめたまま腕を離してくれない弓弦は、彼女の背後でくすくすと笑っている。「弓弦の気持ちは分かってるから、答えなくていいよ」と悲しげに顔を俯かせると、ぐいっと腕を引っ張られた彼女は弓弦と向き合う体勢となった。しなやかな指先で顎を掬われ、彼と視線が重なる。「ちっとも理解していらっしゃらないのですね」と嗜虐的な笑みを浮かべている。「名前様の縁談の話を耳にして、わたくしがどんなに落ち込んだことか…」と、彼の言動に耳を疑った。弓弦何言ってるの。と荒唐無稽な現状を受け入れられずに噤まれた名前の唇に、弓弦の唇が重ねられた。
「わたくしの気持ちに気付いていらしたかと思ったのですが、名前様は意外と鈍感ですね」
「そんな素振り全然なかったくせに。なんで突然キスするの」
日々を思い返してみると、弓弦の毒舌に翻弄されたり、「はしたないですよ」と頬を摘まれたり、と意地悪な行動や言動しか心当たりがなかった。「弓弦の愛情表現は、伝わりづらすぎるよ」と拗ねたように頬を膨らませると、苦笑を滲ませた彼は「申し訳ございません」と謝罪するのだった。「わたくしは、好きな相手には意地悪したくなる性分なのかもしれませんね」と。「弓弦」と名を呼び腕の中で彼を見上げる彼女は額に口付けを落とされ、頬を染めながら苦し紛れに彼を睨んだ。
「そんな真っ赤な顔で睨まれても、怖くありませんよ」
END