愛のカンパネラを鳴らせ-第2章-
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-「そうか。もうここにはいないんだ」
そう…いつもの日常に戻っただけ。私はこれからもこの世界で生きていかなければならないんだから、いつまでもニキくんの面影ばかり探してはいられない。頭では分かっているつもりでも、キッチンに立ってスクランブルエッグを作りながら、彼の手の感触を、腕の温もりを…思い出してしまうわけで。木のヘラを握る手にぽたりと落ちた涙が伝う。彼に教えてもらったとおりに作った筈なのに、あの日と同じ銘柄の紅茶を飲んでいるのに…全然美味しくない。溢れ出した涙は止められず、口にしたトーストは塩の味がする。朝のニュース番組のキャスターの声が静寂な部屋に響く。今日の天気、政治経済…瞬きすると滲んで見えなくなった。
「泣くのはもう終わりにしなきゃ!」
外に出て秋めいた風を肌に感じて、すんすんと冷えた空気を吸い込んで遠くの景色を見つめる。あぁ…ここで初めてニキくんと出逢ったんだ。うちのマンションの前で。駄目だなぁ…どこにいても彼との思い出を見てしまう。そういえば、うちの母から訊いたとニキくんが言っていた私のお見合いの話がついに現実になってしまい、本日実家に呼び出された。お見合いの相手に会わなければならないのだ。数日前に母が訪ねてきて、家にニキくんがいないことを深堀りされ、泣きながら事情を説明する私の言葉を、母は穏やかに聞いてくれたのに。この仕打ちは、新しい恋でも見つけなさいということなのだろうか。
そういえば、ゲームのあんスタはどうなってる?起動すればニキくんに会えるのでは…?もしかしたらゲーム画面に吸い込まれてトリップしちゃったりして…と、スマホを操作するけれど、不思議なことにあんスタのアプリが存在しない。アンインストールしたわけじゃない。ストアで検索をかけても、ネットで調べてもニキくんの情報ひとつ見つからないのだ。どうしたものだろう?母はニキくんのことを覚えているし、私の記憶もハッキリしているというのに…。でも、そのほうがニキくんへの未練を断ち切れるからいいのかもしれない。と、実家の駐車場で車を降りて田畑ばかりの田舎道をぶらぶらと歩く。懐かしい草の匂いが鼻先を擽る。幸い、まだ時間があるし何も考えないでぼーっとしていたい。ふと視線を向けた先…殺風景な畦道には小さな向日葵が。夏の名残だろうか。近付こうとしてそちらに方向転換した…筈だ。私が足を踏み出すと、地面が崩れるような感覚がした。カメラのフラッシュを浴びせられた様な眩い光に全身が包まれて、両手で目を覆い隠した。
「はて…ここは?もしかして、お見合いの会場?」
目を覚ましたのは冷たい床の上。あれ?いつの間にお見合いの席に連れて来られたんだろう?息抜きに近所を散歩していたのに。なんだここ。都会の匂いが半端ないな。お見合いだから着物に着替える予定だったのに、服装チェックのタイトスカートと白トップスのままだし訳わからん。いつまでも座り込んでいるわけにはいかないので立ち上がってキョロキョロと周りを見回したけれど、初めて来た場所だし、周りに知り合いが一人もいない。こりゃ、私の方向音痴が発動された感じ?なんて、じっとしてられずに探索を開始した。私だってもう社会人なんだからどうにかなるさ。って思ってた。この人と出会うまでは…。
「ねぇ、君。見ない顔だね。スカート捲れてる」
「うわぁあ!?」
パンツ見えない程度の捲れでよかった…じゃない!咄嗟に逃げた先にあった女子トイレに駆け込んだけど。私に話しかけてくれた彼。あれって、閣下!?Edenの乱凪砂くん…?嘘だ!嘘だよね。と一度建物の外に出たのだけど、ここはアンサンブルスクエアだ。私が出てきた場所はESビルで間違いない。テナント一覧のパネルを見ると18階にコズミック・プロダクションて書いてあるし。20階にはスタプロがあるみたいだし。抓った頬がジンジン痛むし…私はあんスタの世界にトリップしちゃったってこと?いやでも、私はこれからお見合いをする筈だったわけで。現実世界では行方不明…なんてことになってない?と心配になるな。しかし、今はこの状況を何とかするしかない。手持ちのハンドバッグには財布と携帯、少しの化粧品、ハンカチが。
「私の住んでるアパート存在するんだ。よかったぁ〜!」
何故か知らないけれど、直感だけで歩いてたら自宅に辿り着いた。アンサンブルスクエアの近くなんだな。部屋の鍵も家具の配置も全く同じでよかった。ニキくんがいる世界に来られたわけだけど、手放しで喜べるほど能天気ではない。彼はアイドルで、私は一般人だから。ESのコズプロ事務所に乗り込むわけにはいかないし。あぁ…どうせならあんずちゃんと同じプロデューサーポジになりたかった。なんて、贅沢な要望すぎるか。「はぁ〜ほんとにトリップ?夢女子の憧れの異世界トリップなの?」と馬鹿みたいに独り言を呟きながらテレビのスイッチを付ける。そしたら、ペットボトルの緑茶のCMに登場したのが可愛い可愛いこはくちゃんだったんですよね。
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