愛のカンパネラを鳴らせ
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-「夕飯作るの手伝ってくださいっす」と彼のほうからニキズキッチンに誘ってくれたのも、「初めて食べた姐さんの手料理はカレーライスだったっすね」なんて何気ない会話も、全て笑顔でさよならする為のものだったんだ。私の作る普通のカレーと違ってニキくんのスパイスカレーは本格的で。私に手伝えることといったら野菜を切ることくらい。玉ねぎの微塵切りはニキくんに特訓してもらったし…ということで、ニキくんの監視下のもとでの微塵切りは緊張した。「姐さんだいぶ手馴れてきたっすねぇ」とか「僕がいなくても大丈夫そうっすねぇ」なんて、ニキズキッチンで初めて褒められたのに…。どこか別れの匂いを感じて泣けてしまう。玉ねぎ切ってるせいだと言い張ったけど。
「姐さん、涙ぼろぼろ出てるっすよ」
「あぁ…ごめん。玉ねぎが目に染みる」
-「明日なんてこなければいいのに」
天真爛漫な彼がそんなことを言うのは珍しい。会社に行きたくなさすぎる私が言うならまだしも。窓から見える夜闇に染まった街並みを横目に、お風呂のお湯が入ったとニキくんに伝えにきたら彼がぽつりと呟く声が聞こえたのだ。明日…。明日になったらもう彼は…と自覚してしまった途端にさぁっと血の気が引いていくようだった。一人きりの部屋で、ぎゅうっと服の裾を握りしめて、瞼を閉じる。嫌だ。離れたくない。思い出になんかしたくない。と、我慢した涙は私がお風呂に入る頃にはぽろぽろと止まらなくなった。水面に落ちるそれを目で追い、すっと涙の雫を拭っていつも通りの顔で部屋に戻った。
「名前姐さん。その痕…僕が消してあげるっす」
ルームワンピースの胸元から覗くそれは、どんなに水で洗っても擦っても消えない。鏡の前で呆然としていた私の耳元でニキくんの声が響いた。全然気付かなかった。ノックしてくれたのかもしれないが、ぼーっとしていた私が悪い。ニキくんの声を聞くと、顔を見ると…どうしても涙腺が緩む。瞳を潤ませる私をベッドの上で抱き竦めて、ニキくんの唇が私の肌をなぞる。胸元の忌々しいそれの上に、上書きするみたいにチクリと痕を残されて。「これって、姐さんは僕のっていう印だと思っていいんすよね?」と純粋な眼差しで問いかけられた。
「うん。私の心も、身体も…全部ニキくんのもの」
「名前姐さんは柔らかくて、いい匂いがして…美味しそうだから我慢するの大変だったんすからね」
「我慢なんてしなくていいよ。こんなこと、ニキくんとしかしないんだから」
年頃の男の子の欲望はニキくんも例外でなく存在したらしい。一度は身体を重ねた仲だ。私のいいところなんて全部ニキくんは知っていて。唇が重なるだけで、彼の手で触れられるだけで…幸せに満たされる。そう…明日なんてこなければいい。この優しくて温かい幻想の世界に閉じ込められてしまいたい。滲む視界の中で、焦がれるような眼差しに見つめられて、私は何度も彼の名を呼んだ。「大好き」と静かに告げてぎゅうっと彼を抱きしめる。この繋がりから、ひとつに溶け合ってしまえばいいのに…なんて、朦朧とする意識の中で、彼の涙が私の頬を濡らした感触だけを覚えている。
-「ニキくん…返事してよ」
明るくなった部屋の中…どんなに手を伸ばしても温もりは感じられなかった。最初から分かっていたんだ。別れがくることなんて…。ほら、いつもみたいに鼻歌歌いながらキッチンで朝ご飯を作っているんだろう。なんて…そんなわけないんだ。彼がいつも立っていたキッチンで、膝をついて泣き崩れた。
「いつもみたいに、姐さんおはようっすって…言ってよ」
鏡に映る私は泣き濡れた酷い顔をしていた。胸元の赤い痕はくっきりと残っていた。私はニキくんのものだっていう印。ゆっくりとそれに触れる。この痕が永遠に消えないものならいいのに…。
END
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