愛のカンパネラを鳴らせ
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-あの日、ニキくんが私の彼氏役をしてくれたから、元カレももう近付いてこないだろうと思っていた。しかし…今朝の朝礼で紹介された新しい上司こそ、彼だったのだ。今までの課長が移動になったとは訊いていたが、まさかこんな形で再会するとは思ってもいなくて、私は朝から絶望に打ちひしがれた。見た目は高身長イケメンなので、私を除いた女性社員達は色めきたっていたが。出来るだけ関わらないようにしよう。とか脳内で作戦会議をする暇さえ与えられずに新しい課長に呼び出された。他にも誰か一人同席してくれたらいいのに、悲しいことに彼と私の二人きりで密室に閉じ込められた。
「ひ、ぅ…っ。やだぁ…っ触らないで…っ」
「まさか…あんな若造に本気なわけじゃないだろう?」
テーブルで向かい合って業務の話題を出されたから、本当に仕事の相談なのかと油断した私が馬鹿だった。席を立って近付いてきた彼に応接室の革張りのソファーに組み伏せられて全身が粟立った。涙が溢れて頭の中がぐちゃぐちゃになる。所詮、力では勝てないのか…。ニキくん助けて…と悲痛な願いも虚しく、はだけさせられたブラウスの隙間から差し込まれた彼の手で上半身をまさぐられる。晒された胸元に吸いつかれて痕を残されてしまう。やだやだ…触られたくない。この男に触られても身体が疼くことはない。嫌悪感以外は何も感じない。外に聞こえるような大きな声で叫びながら抵抗すると、彼にも焦りが生まれたのか一瞬怯んだところで思いっきり鼻っ面に肘を打ち込んだ。
「離れなさいよ変態…!」
「ぐふ…っ」と情けない声が聞こえたかと思ったら涙目で鼻を押さえて蹲っているのが見えた。床に血が垂れているし、鼻血噴射してるな。と、血の付いた奴のスーツを一瞥して部屋を飛び出した。女子トイレに駈けこんで乱れた服を直す。だが…ボタンを留める前に視界に入ったのは奴に付けられた赤い痕。服で隠れるけれど、だから大丈夫というわけじゃない。今更涙が溢れて身体が震える。個室に入って壁に凭れて涙を拭いながら自分自身を落ち着かせる。うん…まぁ、無理だった。全然震えが治まらなくて、仕事するどころじゃない。でも私だって社会人だもん、空元気で何とか乗り切れるでしょ。と、フラフラと廊下を横切ったら診療所のおばちゃんに出会い、強制送還された。
「顔色も悪いし、もしかしてご懐妊かしら?」
まずいぞ。これはおばちゃんづてに噂が広まる恐れがあるな。と、ひとり静かなロッカールームで気付いた。まぁいいや気にしないでおこう。さて、明るい時間に会社を出るのは初めてだ。一連の出来事を思い返して、むしゃくしゃしたから走り出した。都会の風は生暖かい。電車に揺られながら、「早くニキくんに会いたい」と呪文のように心の中で呟いた。そういえば、今日はニキくんと出逢って丁度一ヶ月なのでは?と、焦燥感に駆られて急いで家に走った。私が留守の間に元の世界に帰ってしまったりしていないかな。と、よくないことを想像してしまい、唇を噛み締めた。
「ニキくん!」
「あれ?姐さん早いっすねぇ。おかえりなさ…っ」
帰宅早々ニキくんの姿を視界に捉えて安心したと同時に飛びついたので、ニキくんは「ぐはぁ…っ」となっていた。申し訳ない。ニキくんに抱きしめられた途端、ピーンと張っていた糸が切れたように涙が溢れ出した。抱きつかれて、突然泣かれて…さぞ困惑させてしまっているだろうが「私…汚されちゃったよぉ…っ」と嗚咽を漏らしながら泣いた。私に何も問いかけることはせず、ニキくんはただしっかりと抱きしめながら背中を撫でてくれていた。温かくて、優しくて、涙が止まっても離れたくないなぁ…なんて思った。彼から離れて涙を拭いた私は、今日の出来事を洗いざらい説明した。
「大丈夫。名前姐さんは汚れてなんかないっすよ。綺麗なままっす」
「ニキくん…ありがとう」
今思えば…私が泣いていた時から、ニキくんは別れの時がすぐそこまで迫っているということを私にも言えずに悟っていたに違いない。私の発言のせいでそれどころじゃなくなってしまったのだろう。「温かいスープでも飲んで落ち着いてくださいっす」と、当たり前のような彼の優しさに甘えていたのだと思う。
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