愛のカンパネラを鳴らせ
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-もうすぐニキくんと出会って一ヶ月が経つ。きっともうすぐお別れの時が来るんだろうな。と、胸騒ぎがする。駅前を歩きながら、蒸し暑さにシャツの胸元をパタパタとして、ふと気がついた。やけに浴衣を着た人が目につく。浴衣のカップルとすれ違った瞬間、何故か走り出していた。早くニキくんに会いたい。少しでいいからニキくんとお祭りに行ってみたい…と。
「姐さんおかえりなさいっす!」
「ぐふぅ…っ。熱烈なお出迎えをありがとう」
ただいま。と、帰宅したらニキくんに勢いよく抱きつかれた。その姿は帰宅した飼い主に飛びついてしっぽを振る大型犬のようで。わしゃわしゃと頭を撫でたくなった。けれど、身長的に無理だったからぎゅうっと抱き締め返しただけになったんだけど。彼の方からきてくれるのは珍しい。なによりも、あれから身体を重ねることはしていないし。でも思い返してみると、それよりも前から「離れるのが辛い」と言ってくっ付いてきたことがあった。これは…彼なりに別れの時が近付いているのを悟っての行動なのでは…?なんて気付いて胸がきゅうっと苦しくなった。
「ニキくん!これから一緒にお祭り行こ?」
「へ?それって…屋台飯食べ放題っすか?」
私のアンニュイな気分は吹き飛ばされた。ニキくんは期待を裏切らないな。本当はニキくんの浴衣姿も見たいし、私だって浴衣着てデートしたかった。なんて、今更後悔している。夏祭りとか全然意識してなかったから仕方ない。お祭り会場に向かう道中、ニキくんに手を握られた。「人混みではぐれないように」なんてベタな展開も、実際やられると嬉しいものだ。目に映る景色は、祭りらしい出店や七夕飾り、明かりの灯った提灯。鼻先を掠めるのはソースの匂いと甘い綿菓子の香り。こんなに心躍るシチュエーションなのに、頭を過ぎる思い出はあまり思い出したくない出来事で。中学時代…初めてできた彼氏と一緒に夏祭りに行ったこと。あの日は浴衣を着ていたな。とか、彼のことが大好きだったな。とか…思い出さなくてもいい記憶が脳裏を掠める。あの日みたいに可愛く着飾った姿をニキくんに見てもらいたかったな。とか馬鹿みたいにしんみりしていたら、唇にピトッと何かくっ付けられた。
「甘い」
「なはは〜。りんご飴って、なんか姐さんに似合うっすねぇ」
屋台飯食べ放題を許可したのは私だけど、ニキくんほんとよく食べるな。イカ焼きとか焼きそばとか。ニキくんには言えないけれど、私は絶賛ダイエット中なので屋台飯は我慢だ。懐かしい瓶ラムネを煽っていたら、いつの間にか至近距離にいたニキくんに唇を奪われて絶句した。とうの昔に閉店した時計屋の小さな階段に腰掛けているから周りに人気はないし誰にも見られていないだろうけど、外でニキくんにキスされるのは心臓に悪い。驚いて目をぱちくりさせる私に彼は「名前姐さんの唇甘いっすねぇ」と笑顔で再び唇を重ねてきた。舌を絡めとられる濃厚なそれに息が乱れる。
「しょっぱいもの食べてたから、姐さんの唇が美味しいっす」
「甘いもの食べたいなら買ってあげるよ?」
「え〜。姐さんの唇のほうが美味しいっすよ」なんて言われて恥ずかしさを誤魔化す為に、「花火の時間だから家に帰ろ」と彼の手を引っ張る。実際、花火が始まると混んで帰れなくなるし。家のベランダからも花火見えるし万事オッケーでしょ。と、いつの間にかニキくんに手を引かれる側になっていたけれど、そのまま人混みを抜けて明かりの少ない道を辿る。そして…空いているほうの手で自らの唇に触れた。先程の口付けの感触がまだはっきりと残っていて顔が熱い。ちらりと彼の顔を盗み見ても、照れているようには見えない。歳下の男の子に翻弄されちゃってるな。と密かに苦笑していたら家に着いた。
「ぼくはお腹いっぱいっすけど、名前姐さんは甘いものしか食べてなかったっすよね?」
「実は姐さんダイエット中なんだ」
それに私はニキくんとお祭りデートを味わいたかっただけだからいいんだ。「姐さん痩せてるしダイエットなんて必要ないっすよ」とフォローしてくれるのはありがたいが、ニキくんの手料理が美味しすぎて3キロ太った。まぁ、そんなことは忘れよう。今は花火が重要だ。カーテンを開いて窓を開けると、夏の夜特有の生ぬるい風が頬を撫でる。色とりどりの花火が打ち上がる様を見つめながら、ふと我に返る。これがニキくんと見る最初で最後の花火であり、二度と戻らない夏であると。気付かなければよかったのに、実感した途端に涙が溢れ出した。背後では夜空に美しい花が咲いているだろうが、私は構わず座り込んで顔を隠した。
「姐さん泣かないで。きっと、もう一度出会えるっすよ」
抱きしめてくれる腕は温かいのに、私の体はまるで氷のように冷たくなっていく。季節は夏だというのに、心に吹く風は冬のような冷たさで。本当は泣きたくないのに、涙が止まらない。どれくらい時間が経っただろうか…。いつの間にか花火も終了していて。それでも、私が泣き止むまでニキくんはぎゅっと抱きしめてくれていた。確信はないけれど、ニキくんの言葉を信じたい。もう一度出逢えたなら、運命の愛だとか恋なんていう今まで馬鹿にしていたものを信じてもいい。
……To be continued