初恋は選べない
名前
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―以前、半ば強制的に演劇部の劇に出演する事を引き受けてしまった私は…本日、舞台上でオーロラ姫を演じています。
「糸車の錘(つむ)には絶対に触れてはいけませんよ」
"王女は糸車の錘が刺さり100年の眠りにつく"
それは昔、悪い魔女がかけた呪いだった。呪いは城中に波及し、そのうちに茨が繁茂して誰も入れなくなった。100年後。近くの国の王子が噂を聞きつけ、城を訪れる。王女は目を覚まし、2人はその日のうちに結婚、幸せな生活を送った。
―という物語なので、私は錘に刺さった後は眠っている役なのでとても暇である。
現在、ベッドの上でジッとしているが本当に眠ってしまいそうだ。私の周りでは演劇部の部員達が演技を繰り広げているのでそれを聞きながら物語が終盤に差し掛かるのを待っています。
「誰か、王女を救える者は現れないものか…」
「王女はどちらにいらっしゃるのですか?」
渉くんの台詞が聞こえたという事は、もうすぐ出番が回ってくる。それを実感して少しずつ緊張感が沸き上がってきてしまう。
―お姫様は王子様の口付けで目覚める。というのは、物語の中だけの展開の筈だ。それなのに…私は本当に口付けで目覚めてしまった。ようするに、王子役の渉くんにキスをされた。予定と違うではないか。驚いて演技に集中出来なくなりそうな私の手を引いて、彼は清々しい程の笑みを浮かべた。
「なんて美しい姫君なのでしょう。どうか私と結婚してください」
「勿論です。私を救って下さったのは貴方だけなのですから」
―舞台の幕が下りたと同時に、今更ながら物凄く恥ずかしくなってきた。それもこれも自分勝手な真似をした渉くんのせいだ。
「本当にキスする事ないでしょう?凄く吃驚したんだから」
「今日も世界は驚きに満ち溢れていますねぇ」
格好は王子様だが、彼は正真正銘日々樹渉だ。「Amazing」なんて言っていつものように笑っている。何だか、私が怒っているのが馬鹿らしいじゃないか。
「先輩方…あれは予定されていた事ではなかったのですね」
「変態仮面のせいで、名前さんが泣いてますよ」
一足先に衣裳部屋に戻ってきた私の瞳からは大粒の涙が溢れていた。彼からのキスが嫌だった訳じゃない。しかし…あのタイミングで、皆が見ている中で、私のファーストキスを奪われたのが許せなかっただけだ。
「はぁぁ…渉くんの馬鹿」
自然と溜め息が溢れてくる。どうして私、あの人が好きなんだろう。なんて自己嫌悪に陥って、椅子に座り込んだまま動けない。ドレスなんて、私に似合わないのに「とても美しいですよ」と褒めてくれた彼を思い出して涙が止まらない。
「名前…」
ノック音が聞こえて、出し抜けに開かれた扉から姿を現したのは、渉くんその人で…。深々と頭を下げて謝罪の言葉が聞こえた。こんなにしおらしいの渉くんじゃないみたい。涙を拭われながら、あやすように頭を撫でられた。
「演技中にキスをした事は謝ります。ですが、名前への想いは演技ではありません」
「私だって、もう怒ってないよ…」
同じ想いを抱いているのなら、遮るものなんて何もない。『初恋は叶わない』と云うけれど、私達には当てはまらない。しかしながら、彼の胸に飛び込んでいった私を抱きとめた彼から明かされた真実に、二の句が継げられなくなるのだった。
「名前のファーストキスは、既に幼い頃に私が貰っていたのですよ。覚えがありませんか?」
「覚えてないよ。渉くんとのキスが二度目だったなんてね」
私達の物語は、お伽話よりもずっとずっと愛と驚きに満ち溢れているのではないだろうか。私達にバッドエンドは似合わないのだから―
END
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