砂の薔薇
名前
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―「というわけで、PC没収ね」
茨のノートパソコンを預かり、大切に保管しておく。そうでもしないと、彼は休んでくれないに決まっている。一連の名前の行いには理由がある。SSの前からアイドルとしての活動が忙しかったのだが、SSが終わった後は事業関連の仕事で忙殺された茨は疲弊しているのが目に見えていた。働き詰めで、ろくに休息も取っていないだろう彼を放っておけなかったのだ。ある日の放課後、「プロデューサー命令です」と彼女が断言し茨はそれに従う他なかった。秀越学園から歩いて行ける距離にある名前の自宅までふたりは並んで足を進める。「唐突に、プロデューサー命令とは何事で?」と自覚していない茨に彼女は呆れたように告げる。「目の下に隈。それに、疲れが顔に出てる」と。強制的に彼を休ませないと過労で倒れてしまいそうだったのだ。「名前に余計な心配をおかけして…」と謝罪してくる彼を諌めて家へあげる。「何も遠慮しなくていいよ。数日は誰も帰ってこないから」と彼女の台詞は茨にとっては衝撃的だった。
「ご両親が留守の間に男を家にあげるなんて正気ですか?」
「正気も正気。こうでもしないと茨は休んでくれないでしょ?」
「夕飯作っちゃうから、リビングで待ってて」と伝えながら、名前はエプロンを着用している。「テレビのリモコン、それとメンズ雑誌も置いとくから」と彼女の配慮はありがたいが、茨はエプロン姿の名前に視線を奪われていた。手際の良い手つき、湯気と共に漂ってくる美味しそうな匂い。家庭的な彼女の姿はグッとくるものがあった。「お母さん。今日のご飯なにー?」と昔は料理中の母にくっ付いていた事もあったなぁ。と名前は思い出していた。というのも、料理中に後ろから茨に抱き竦められたからだ。腰に腕を回され、キス出来そうな程近くに顔を寄せられ、胸の鼓動が騒ぎ出した。味噌汁の火を止めて、名前の手が茨の手に重ねられた。「お腹空いた?」と問いかけるも、彼は「そうじゃない」と否定した。「エプロン姿の名前、すごくいい。と思わされただけであります」とキリッとした表情で告げられるもどう反応していいか分からず「夕飯出来たから、食べよ」と逃げるしかなかった。
「自分から逃れるおつもりですか?今夜は二人きりだというのに…」
「分かってるけど。茨がこんな事するから…」
そう。ひとつ屋根の下に年頃の男女が二人きり。何も起こらないほうが不自然だ。プロデューサー命令と、思い付きで彼を招いたはいいが、そもそも恋愛の経験値が足りない名前は茨の一挙一動に翻弄されているのだ。まるで恋人に触れるような手つき、時折向けられる真摯な眼差し、そして手料理を口にした後の彼の言葉。「口に合うか分からないけど」と心配していたのは杞憂だったようだ。豚肉と大根の煮物という素朴な手料理を気に入ったらしく、茨は褒め殺しが止まらない。「名前って本当に料理上手ですね。名前の手料理なら、毎日食べたいであります!」と。そしていつもの癖だろうか敬礼をする茨を一瞥して名前は笑った。
―一般的な育ち方をしていない為、茨には軽い冗談が伝わらない時がある。気付いた時には既に遅し。「ねぇ、茨。お風呂、一緒に入る?」とほんの冗談で、からかうつもりで言った一言に茨が食い付いた。「名前が一緒に入りたいと仰るなら、自分に拒否権はありませんが」とわりと本気である。「そんな大胆な事を提案をして大丈夫なんですか?」と、ソファーの隅に追いこまれ、顎クイをされた彼女は狼狽えて視線を泳がせた。そんな名前の反応を見て、茨は愛おしそうにくすくすと笑う。「あの…、茨。お湯入れたから…先にお風呂入っちゃって」と緊張のあまりスムーズに動かない口を動かす。しかし、本当に困らされるのはこの後だった。風呂上がり、髪も濡れたままでリビングに入ってきた彼女は、ネイビーのパジャマ姿の茨に声をかける。しかし、腰を抱かれ「風呂上がりの名前ってやらしいですね」と耳元で囁かれ動けなくなった。「こんなに無防備だと、襲ってしまいますよ?」と晒されていた胸元を撫でられ、彼女はぴくりと肩を震わせた。「茨に休んでもらう為にプロデューサー命令出したんだから、だめ」と苦言を呈するわりには満更でもなさそうで。髪を乾かした後に部屋に訪れた彼女は「おやすみのチューしてあげよっか?」と提案した後、返り討ちにあっていた。茨の頬にキスをした名前が逃げようとすれば、頬を包まれ唇に彼のものが重ねられた。初めてのキスは舌を絡ませた濃厚な口付けで、その顔は真っ赤に染まっていた。「こんなキスされたら、寝られなくなっちゃうよ」と悔しげに訴える彼女で暖を取るように茨が名前を腕に抱いた。
「名前のご配慮を無下にするわけにもいきませんし。今夜は大人しく寝るとしましょう」
「うん。おやすみなさい」
―茨から離れるのが名残惜しかったなんてどうかしている。茨とのキスに気持ちが高揚して昨晩はあまり眠れなかった名前は、自らの唇に触れてあの感触を思い出していた。キッチンで朝食を作っていれば、ふいに扉が開かれる。その途端、勢いよく茨に抱きつかれた。名前からすれば唐突に何事?と思うだろうが、茨は嫌な夢を見てしまったのだ。かつて戦場で生きていた自分の姿が蘇り、頭が混乱していた。だが…光の差し込む扉を開けば、紅茶の香りと共に優しく微笑む名前が居て。茨はとてつもない安心感に包まれた。「怖い夢でも見たの?大丈夫大丈夫」と、幼い子供をあやすように茨の頭を撫でて視線を合わせる。よく見ると涙目で、庇護欲が駆り立てられた。「子供扱いしてるでしょう?」とムッとした表情の茨を見て、名前は衝動のままに突き動かされた。自分よりも身長の高い彼に抱きついた。抱きしめるというより、抱きついていると言うほうが正しいだろう。冬の朝は肌寒い。重なる身体は温かくて、離れたくなくなる。まるで互いの体温で溶け合ってしまいそうな気さえした。
「名前は、俺を甘やかすのが上手ですね…」
「そう?好きな子は甘やかしたくなるもんだよ」
END
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