七種茨短編
冬企画
名前
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―「他人の家の炬燵占領しといて、俺の脚蹴るとか何なんすかねぇ?」
「ジュンくんの長い脚が邪魔なんだもん」
蜜柑のお裾分けという要件で漣家に上がり込んでいた名前は、後から炬燵に入ってきたジュンの脚をげしげしと蹴った。「この寒い中、蜜柑持ってきてあげたんだから、温まらせてよ」と彼女がジュンを見遣る。「余計に、炬燵から出たくなくなると思うんすけどねぇ」と彼には呆れたように息をつかれた。そして「いい事思い付いた」と声を弾ませた彼女に、ジュンはむしろ嫌な予感しかしなかったのだが、案の定その予想は当たっていた。「ジュンくんの脚とぶつからないように、ジュンくんの膝に座らせてもらえばいいんだ」と。この提案いいんじゃない?と言いたげに微笑む名前と目が合う。その手は器用に蜜柑の皮を剥いている。
「嫌っすよ、名前重たいし。どうせ俺を背もたれにするつもりなんでしょう?」
ノリが悪いというか、つれない態度をとられた為、強行手段を取るようだ。炬燵に潜り、もぞもぞと前進した彼女は、ジュンの脚の間に身体を滑り込ませ、炬燵から顔を出した。彼の胸板に凭れかかる体勢で密着している。「うん。やっぱりあったかい」と満足げな彼女とは違い、ジュンは困惑していた。幼馴染みのような関係性であり、付き合っているわけでもないのに男相手に警戒心が無さすぎるんじゃないかと呆れさせられる。思考とは裏腹に、腕に収まった彼女の体温を感じると温かくて離したくないと思ってしまう自分もいる。だが、ここで胸に一松の不安が募った彼は問いかける。「名前って、彼氏いるんじゃないんすか?」と。
「そんなのいるわけないじゃん。嫌味?」
「いや…俺のクラスの男子で、名前のこと、いいなぁって言ってる奴がいたんすよ」
自分以外にも、名前に惹かれている男がいる事実に焦らされたが、名前に恋人がいないと訊いて安堵した。「へぇ〜。物好きな人がいるもんだね」と彼女自身は気にも留めていないらしい。このままでは、そのうち誰かに先を越されてしまうのでは?と不安になった。蜜柑を食べていた名前が、ふとジュンの口元にそれを近付け「あーん」と呟く。お裾分けと言って持ってきたくせに、食べすぎなんじゃないかとジュンが指摘すれば、「私が食べてる間、ジュンくんがずっと喋ってたからでしょ?」と悪びれもせずに名前が笑う。彼女が食べようとしていた蜜柑の塊を口に放り込んで、彼は時計をちらりと盗み見た。そろそろ帰る時間だと促すと、不満そうな顔で「今日、漣家に泊まろうかな」と言い始めた。ジュンの母親が快く許可を出しそうで気が気じゃない。「ジュンくんの部屋で寝かせてもらえばよくない?」「無理っすよ。我儘言ってないで、帰りますよ〜?送っていきますからねぇ」と彼女の手を掴んで外に連れ出した。首にかけたマフラーを巻き直してやると彼女が微笑む。歩きだすと、名前のほうから手を握ってきた。手袋をしているが、その手は小さくて可愛らしい。
「外寒い!」
「うだうだと居座ってた名前が悪いんでしょう?」
「ジュンくんだって、私を湯たんぽにしてたくせに」
END