七種茨短編
春企画
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―犬相手に焼きもちを妬くなんて馬鹿げている。そう感じながらも、日和の腕に抱かれているブラッディ・メアリを羨ましいと思ってしまうのは事実。きっと…一緒のベッドで寝たり、プロデューサーの自分も知らないような彼の姿も見られるだろうに…と、名前は悶々と考えていた。玲明に入学したその日に、彼女が一目惚れした人物こそ、巴日和だったのである。こんなことが同じクラスのジュンにバレたら「おひいさんのどこがいいんすかぁ?」と理解出来ないと言いたげな反応をされるのが目に見えている。只今、Eden専用ルームにてメアリを抱っこしている日和と目が合った。しかも、「いいなぁ…」なんて独り言も聞かれてしまった。「そうだよね!名前もぼくに構われたいよね!寂しい思いをさせてごめんね!」と彼女の心情を見事に汲み取った日和は名前のもとに歩み寄り、ぎゅうぎゅうと彼女を抱きしめた。彼からのスキンシップが嬉しすぎて茫然自失してしまったが、一部始終を見ていたジュンは「何やってんすかおひいさん。名前はメアリに触りたかっただけっすよ」と日和を引き剥がしてしまった。
「いいんだよジュンくん。日和先輩が構ってくれるのは嬉しいから…」
「ほら、やっぱり!名前はジュンくんと違っていい子だね!」
メアリを抱っこしていた名前はメアリごと彼の腕の中に拘束され、頭を撫でられた。身長差的に上目遣いになってしまう彼女の眼差しは潤んでおり、まるで子犬のようだった。「名前は可愛いから、特別にぼくからプレゼントをあげようね!」と頬に何か触れる感触がした。…もしかしてキスされた?と少しでも期待してしまった彼女の前に現れたのは特大サイズの日和のデフォルメぬいぐるみだった。頬に触れた感触は、これが正体だった。「名前は寂しがり屋だからね!ぼくのぬいぐるみがあれば寂しくならないね!」いつも眩いばかりの笑顔の彼が、このぬいぐるみをくれた時に少し悲しげな表情を滲ませたのを思い出し、春の陽射しが揺れる中…ベンチの上に腰かける彼女は日和ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。会えなくなるわけじゃないが、彼はもうこの学園を卒業してしまった。
「好きだなぁ…」
初めて出会った日の彼、Edenの先輩として自分に接してくれる彼、アイドルとして輝く姿…思い返すと溢れ出してしまう想いがある。はらはらと桜の花びらが舞う中、すぐ近くで彼の声が聞こえたような気がした。「名前。好きな人いるの?まさかジュンくんなわけないよね?凪砂くんかな?」肩に温もりを感じて顔を上げる。右隣には、卒業した筈の日和が居た。夢でも見ているのかも、と目をぱちくりさせる彼女の手を握って彼は告げる。「ジュンくんから、名前が寂しがってるって訊いたから逢いに来たね!」と。彼の肩に寄りかかって、彼女は嬉しそうに…でも、どこか切なげな笑みを滲ませた。「日和先輩。会えて嬉しいです」「涙が滲んでるね」と目尻に彼の唇が触れた。当然、名前は驚きのあまり声も出なかった。本当はもっと言いたいことがあるのに、いざ彼を前にすると、また涙が出そうになってしまう。気を紛らわすように舞い落ちる花びらを目で追う。
「名前の好きな人がぼくだったらいいのに…」
「見てわかりませんか?このぬいぐるみをくれた人が私の好きな人ですよ…」
財閥の御曹司である彼とは決して結ばれない運命かもしれない。その事実を受け入れることなど容易いことだったが、そんなしがらみすら、彼は打ち壊した。「うんうん!その言葉が聞けて満足だね!」と彼は横から彼女を腕の中に閉じ込めた。「日和先輩。大好きです…」と咽び泣く彼女の頬を伝う涙は彼の唇で掬われた。「名前が寂しがってると聞いて嬉しかったね!ぼくも名前が大好きだから、片時も離れたくないね!」
END