七種茨短編
春企画
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―「ねぇ、茨。会えなかった間に浮気とかしてない…?」
夜闇も深まった時間帯。茨の部屋のインターホンを鳴らしたのは恋人の名前だった。交際しているとはいえ、アイドルとプロデューサーという立場上、一緒に暮らしてはいなかったふたり。互いに仕事が忙しく、暫く会えていなかった。玄関の扉を開けば、アルコールの匂いと共に名前に抱き着かれた。その途端、冒頭の台詞だ。「事業が忙しい時期なのに、浮気なんてする暇もありませんよ。なんて無駄な心配してるんですか」と呆れた声を出しながら彼は彼女を部屋に上げた。「だって、茨全然連絡くれないし。私の他にもそういう女性がいたって不思議じゃないし…不安で…」どうやら彼女は酒が入ると正直になるタイプのようだ。互いの立場を弁え、決して我儘を言ったりしない名前。それなのに、今はどうだろう。本音がダダ漏れだ。抱きとめたままの体勢で彼女の不満を訊いていた彼は、ひょいっと名前をお姫様抱っこしてベッドまで運んでいく。「王子様みたい」と恍惚とした表情で茨を見つめる彼女は、ベッド上に優しく降ろされた。着ていたジャケットとスカートを脱がせ、それをハンガーに掛けて彼は戻ってきた。
「それで…何処かで飲んできたんですか?」
「女性だけでね。夜桜見に行って、居酒屋で飲んできたの」
「場所が茨の家に近かったから、会いにきちゃった」と悪戯っぽく彼女は微笑む。「忙しいの分かってるのに…自分勝手でごめんね」と、笑顔から一転。しょぼんとした表情で眉を下げ、茨の服の袖を掴んで彼女が謝る。久しぶりに聞いた彼女の声、屈託のない笑顔。全てが愛おしくてしょうがない。覆い被さる体勢で、その瑞々しい唇に口付けを落として彼は隣に横たわる。すぐに名前が密着してきた。「都合のいい女で構わない。面倒な女にはなりたくないし…」とぽつりと聞こえた言葉を聞いて、茨は顔を顰めた。「馬鹿なこと言わないでください。名前のことをそんな風に考えたことなんて一度もありませんから」と彼は彼女の手を握った。すると、彼女は不満げな声を漏らす。「同じベッドにいるのに…抱いてくれないし」と。酔っている名前は少しだけ厄介かもしれない。と、彼は思わされた。自信がなく、卑屈な性格になっている。「いくら相手が名前でも、酔っている時に手を出したりしませんよ。きっと…そんな時に抱いても名前は記憶ないでしょう?」
「意外と硬派だね。でも、茨の言う通り…私の意識がしっかりしてる時に抱いてもらわないと意味無いよね」
「茨大好き。チューして」と、今度は甘え上戸になってしまった彼女の注文を無下にすることもなく、彼は真摯に応えてくれた。押し倒しているような姿勢で、甘い口付けを交わす。唇が離れ、目が合うと、名前が嬉しそうにふにゃりと笑う。「私ね…茨と会えない時、四六時中茨のこと考えてるんだ。まるで病気みたいに、茨のことしか考えてないこともある」聞いたことのない彼女の本音は胸を締めつけた。俺の彼女が可愛すぎる。と、茨は身悶えた様子でシーツを握りしめた。眠たそうにうつらうつらとしている彼女は「夜桜もいいですが…明日、明るい時間に一緒に花見に出かけましょう」と伝えられ、夢現のままおやすみのキスが落とされた。彼女は明日、桜の木の下で彼からプロポーズされるとも知らずに幸せな眠りに落ちていった。
―「俺と結婚してください」
―「同棲じゃなくて結婚?私でいいの?ちゃんと考えた?」
―「名前がいいんです。一晩中考えました。名前以上の女性なんてこの世にいませんよ」
END