七種茨短編
七種茨
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
-「おや。メイクの仕方を変えられましたか?よくお似合いであります!」
彼の褒め言葉に一喜一憂するなんて馬鹿げているかもしれない。しかし、七種茨の褒め殺しは信憑性がないと薄々感じながらもその言葉に勇気づけられ、彼に心惹かれている自分がいることに名前は嫌気がさしていた。地味で、美人とも可愛いとも言えない自分を少しでも可愛く見せたい。と、コスメを買い込み、メイク技術を磨き、何とかマシになってきたような気がしている。雑誌のメイク特集のページを開き、熟読している彼女は、そのページに載っているモデルの女の子の顔を見て物憂げな溜め息をついた。自分もこれくらい綺麗だったら想い人の七種茨にもっと近付けるのでは?と思わずにはいられなかった。それに、Edenのプロデューサーだからといって、彼にそう簡単に近付けるわけではなかった。一方…茨はといえば、2年S組にて、名前が女友達と話している内容が漏れ聞こえ、眉根を寄せていた。
「名前の好きなタイプって七種くんじゃないの~?」
「いや。それはありえない」
「自分より背が高くてかっこよくて…」と彼女の好みのタイプを聞いている限りでは、自分も該当するのでは?と過信していた茨にとって、否定的な言葉には落ち込まざるを得なかった。「彼氏が欲しいって言うけど、どんな男が好みなの?」と訊かれ、彼女は頭の中で茨の姿を思い浮かべていた。美形で頭が良くて、眼鏡が似合う…なんて言えばこの片想いがバレてしまうと危惧した故に、控えめにタイプを述べたが、その途端、彼の名前が出され彼女は焦燥した。同じ教室にいるのに、こんなことが知られてしまったら顔を合わせにくくなる。だからこそ、必死に否定するしかなかった。この時の「ありえない」という言葉は、茨が私なんかを好きになってくれるなんてありえない。という意味で言ったものだった。「そうだなぁ…。凪砂先輩みたいな人がタイプかな?」と苦し紛れに呟いた台詞に、反応を示したのは七種茨その人だった。「お目が高い!閣下の良さを理解していらっしゃるとは、流石名前であります!」と。好きな相手に誤解されているのは嫌だったが、こうなったらそういうことにしておくしかない。と、彼女は苦笑した。
―「はぁ…。茨の馬鹿…」
trickstarと交流があったその日。彼女は聞いてしまった。そして深く落ち込んでいた。「相変わらずお美しい!あなたの顔を見ただけで、自分などどろどろに溶けてしまいそうです」と茨が敵のプロデューサーであるあんずのことを褒めちぎっていたのを…。そりゃあ、化粧でどうにかしていたって、あんずのように可愛い女の子には劣るであろう。と、自己嫌悪に陥ってしまった彼女の独り言が冒頭の台詞である。「茨と喧嘩でもしたの?」と唐突な問いかけをされ、俯いていた顔を上げる。頭にぽんと手が置かれ、心配そうな眼差しの凪砂と視線が絡んだ。「喧嘩したわけじゃないです。茨が敵のプロデューサーを褒め殺ししてたのが嫌だっただけで…」と苦虫を噛み潰したような顔で憂う様子の名前を、凪砂が抱きしめた。慰め方が分からなかった故の行動だったが、この現場を見てショックを受けた人物がいた。
「閣下…!何故、名前を抱きしめているのですか?」
茨は思い出していた。彼女の好みのタイプが凪砂であると判明した時のことを…。言いようのない嫉妬心に苛まれている茨に凪砂が告げる。「茨が夢ノ咲のプロデューサーばかり構ってるから、嫌だったんだって…。名前って可愛いよね」と。「私は席を外すから。あとは茨に任せるね」と後輩達を思いやってか凪砂が部屋から出ていった。頼みの綱の凪砂も居らず、唐突に想い人と二人きりにさせられ、呆然と立ち尽くしている彼女に、茨が歩み寄る。「茨はさ、あんずちゃんみたいな可愛い子が好きなんでしょ?私は全然可愛くないし…」不貞腐れたような言動を聞いて、彼は微笑ましげに笑う。茨の人差し指が唇に当てられ、彼女は口を噤むしかなかった。潤んだ瞳で、上目遣いで自分を見据える彼女と視線が絡み、彼は胸の奥が切なく締め付けられる感覚に陥り、欲望のままに彼女を腕の中に閉じ込めた。「名前は閣下のことが好きなのではないんですか?だって…自分のことはありえないんでしょう?」茨なんか恋愛対象じゃない。と、言われているようなものだった。そんな男に抱きしめられているのに、名前は何故抵抗しない?と彼にとっては疑問でしかなかった。そんな状況下で、彼女は悟った。「ありえない」の意味を誤解されていると…。
「ありえない。っていうのは、茨が私を好きになってくれるわけがないって意味のありえないで…」
べつに茨がタイプじゃないとかそういう意味じゃなくて。と説明は途中で途切れさせられた。彼の唇で唇が塞がれ、あまりの出来事にキャパオーバーした彼女はぽすりと彼の腕に抱きとめられた。「今…っ。なんでキスしたの?」と困惑して瞳を揺らすと、耳元で彼が囁く。「両想いだからですよ」と。「俺が褒めると嬉しそうに瞳を輝かせて。どんどん綺麗になっていく名前から目を逸らせなくなってしまいましたよ」ドキドキと高鳴る鼓動に任せ、今度は名前のほうから茨に抱き着き、背伸びをして唇を重ねる。「自分のような最低野郎に捕まってしまって宜しいのですか?」という問いかけに、名前はぎゅっと抱きしめ返して答える。「茨のどの辺が最低野郎なのか知らない。私にとっては世界で一番大好きな人だから…」
「あなたって人は、本当に…可愛すぎるんですよ。無自覚だとしたらタチが悪いですね」
END