七種茨短編
七種茨
名前
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-「名前。ちょっと話があります」
苛立っているようなその台詞に、彼女はアイスの空き箱を握りしめた。「ごめんごめん。茨もアイス食べたかったよね?後で一緒に買いに行こ?」と彼女は提案するが、茨の苛立ちの原因はそんなことではなかった。Eden専用ルームにて、六粒入っているチョコレートアイスを食べていた名前は次に部屋に入ってきたジュンにそのアイスを食べさせていた。付属の爪楊枝で刺して「あーんして」と。ジュンが甘い物好きだと知っており、特に深い意味もなくそんな行動をしたが、この場面を恋人である七種茨に目撃されてしまい冒頭の台詞に戻る。アイスは既になくなってしまったので茨に食べさせてあげられなかったことを名前は気にしているようだが、それは少し見当違いのようだ。手首を捕まれ、そのまま部屋の外に連れ出されたと思えば近くの空き教室に連れ込まれた。「アイスなら、こちらを貰いますから、お気になさらず」と壁際に彼女を追い込み、顎を掬った彼はその瑞々しい唇に口付けを落とす。唐突な口付けは舌と舌が絡まる深いものになり、まるで自分ごと味わわれているようで名前は無性に恥ずかしくなった。息が乱れたまま目前にいる彼を睨んでいるが、「睨んでいるつもりですか?ちっとも怖くありませんね」と余裕の言動が返ってきた。
「こんなとこに連れ込んで、どういうつもり?」
「それはこちらの台詞ですよ。ジュンと随分仲が良さそうにしてましたね…」
咎めるようなその台詞と共に顎クイをされ、彼女は口を噤んだ。「それって焼きもち?」なんて問えばもっと彼の機嫌を悪くするだろう。だからこそ、「だって…茨はあぁやって食べさせられるの好まないでしょ?」と反論してみたのだ。しかし、彼女の配慮も虚しく、彼はその言葉を聞いて不機嫌そうに眉根を寄せてしまった。早くここから解放されたい。と思うものの、壁ドンの体勢で逃げ場を奪われている故、逃れられなかった。「誤解されているようですね。あぁいった食べさせ方でも、名前が食べさせて下さるのなら、拒んだりしませんよ」と彼は不敵に微笑む。だが…もっと気に食わなかったのはこちらだったようで、外していたシャツのボタンを止め直されこの台詞である。「ボタン開けすぎであります。胸元が見えてるじゃないですか」と。「だって、暑いんだもん」と文句を言えば、唇に人差し指が当てられ、彼女は何も言えなくなった。せっかく二人きりになれたのに、さっきから説教ばかりじゃないか。と、名前は内心とても不満だった。
「そんな顔しても駄目です。目のやり場に困るでしょう?」
不満を表すようにぷくっと頬を膨らませ、私悪くないですアピールをする彼女だが、彼は決して許してはくれなかった。「茨も?茨も…目のやり場に困るの?」こんな小さな露出ごときでは動じなさそうな彼に問いかける。…というのも…付き合ってからちっとも恋人らしいことをしてないからだ。交際していることを公に出来ない上に、事業の経営もしている彼が忙しいことも重々承知しているが、そこは複雑な乙女心というもので…。茨は本当に自分のことが好きなのか。ということすら疑わしいと思い始めたのである。身体を重ねたこともなければ、キスだって数える程度しかしていない。外をデートしたことも、手を繋いだことだってない。それなのに、付き合っていると言えるのだろうか。と考えだすと、どんどん不安になっていった。好きだから触れたい、自分のことを意識してほしい。と思うものだが、それが裏目に出てしまったようで彼女は虚無感に苛まれていた。
「部屋に入った時、そんな格好でジュンと喋っていた名前を見て愕然としましたよ。恥ずかしながら、仰る通り。自分だって目のやり場に困るんですよ」と顔を近付けてきた彼と彼女の距離は頬が触れそうな程に近く、名前は苦し紛れに「茨。距離が近い」と呟いた。「恋人の距離としては、近すぎるなんてことはないと思いますよ?」と、どうも茨に口で勝つことは不可能なようだ。しかし、それと同時に彼の台詞に驚かされた。自分と恋人同士だという自覚はあるのか。と。「茨って、私と付き合ってるって自覚あったんだね」心底予想外というような彼女の言動を聞いて、茨は顔を顰めた。「自覚があるもなにも…告白したのは自分からですよね」と彼は呆れたように笑う。茨とカップルになれば、もっとラブラブな日常が待っていると思っていた。しかし、現実はラブラブとは程遠かったのである。
「だってさ…付き合ってるのに、まだエッチもしてないじゃん」
「普通は、付き合ってすぐにはそういう関係にならないでしょう?」
「ようするに、名前は早く自分に手を出してほしいんですね?」と、耳元で意地悪な問いかけがされた。悔しいけれど否定出来ない。はしたない女だと幻滅されてしまうかもしれない。と、唇を引き結んだ彼女は無意識のうちに涙目になっていた。そんな彼女の切なげな表情に、茨は胸の奥が苦しくなった。こんな顔をさせたいわけじゃない。自分はなんて腑甲斐無い恋人なのだろう。と、名前に申し訳ない気持ちが募った彼は、宥めるように頭を撫でて微笑む。「積極的な名前の気持ちは嬉しいですが、自分の気持ちも分かって頂きたいんです」と。あの毒蛇が、なんて優しい表情をするのだろうと視線を奪われている彼女は…その後に続いた台詞を訊いた途端、彼に抱き着いた。
「ご不満かもしれませんが、自分がすぐに手を出さないのは…名前のことが大事だからですよ」
END