七種茨短編
乱凪砂
名前
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―「おや。閣下に何かご用でしょうか?」
また邪魔された。と、名前は心の中で呟いた。目の前の彼、七種茨は彼女にとっては天敵だった。この学園で頂点に君臨しているEdenは雲の上の存在であるだけに、近寄り難いのだ。そもそも、秀越学園一年生の彼女のお目当ての人物は乱凪砂で。これといった接点もなかった彼らの出会いは、ほんの偶然で他愛のないものだった。雨粒で濡れていた廊下で滑って転んだ自分に手を差し伸べた美青年。なんて美しい人なんだろうかと見惚れたその人物こそ、Edenのリーダー乱凪砂だったのである。「大丈夫?」と差し伸べられた手を握ると引っ張り起こしてくれた彼は「怪我がなくてよかった」とぽんぽんと頭を撫でてくれると同時に柔らかな微笑を向けてくれた。この時点で、彼女は既に凪砂にオちていた。恋愛なのか、単なる憧れなのか自分自身でも不確かだが、もう一度彼と話したい。あの時のお礼をしたい。と、機会を伺っているのだが、中々上手くいかない。凪砂が一人でいる時に話しかけようとすれば必ず邪魔が入るのだ。その殆どは、Adamの片割れ七種茨なのだから文句の言いようがない。きっと…茨自身も妨害している事には気付いていない。もう引き返そうかと思っていた刹那、唐突に声がかけられた。「あれ?この間の…名前ちゃんだったよね?」と確かめるように顔を覗き込んできた人物を見上げる。茨の後ろに隠れていた彼女に気付いた凪砂が話しかけてくれたのだ。
「べつに私の事なんか覚えてなくてもいいのに…。乱先輩ありがとうございます!」
「小さいから、中々見つけられなくてごめんね。何もないところで転んでて可愛いなって思ったから、忘れるわけないよ」
覚えていてくれたのは嬉しいのだが、間抜けな転け方をしていただけに気恥ずかしい気持ちにさせられた。小さいと言われたが、きっと凪砂の身長が高いのも原因なのではないかと苦笑した。「その、乱先輩っていうの呼ばれ慣れてないからやめて欲しいな」と懇願され、彼女は困惑した。「じゃあ、凪砂先輩で」と言い直すと凪砂は嬉しそうに笑った。「Edenには、一年生がいないしね。可愛い後輩が出来て嬉しいよ」と彼の大きな手でわしゃわしゃと髪を撫ぜられる。憧れの乱凪砂。その彼と少し話せただけでも幸せだったのだが、この後思いもよらぬ出来事が彼女を待っていた。
―「凪砂先輩…!降ろしてください!」
「Edenのレッスンルームに着くまで、じっとしててね」
現在、凪砂にお姫様抱っこをされて運ばれている。彼女に経験を積ませようと、Edenのレッスンを見学させようと思い付いた凪砂が行動に移すまでは早かった。しかし、説明不足すぎて彼女にとってはキャパオーバーだったのだが、彼は気付くことなく彼女を抱えたままEden専用ルームに入っていった。この由々しき事態に最初に驚かされたのは、先に部屋にいたEveの面々である。「ナギ先輩。誰を連れてきたんすか?」と問いかけたジュンに「私の後輩の名前ちゃん。可愛いでしょ?」と満面の笑みで凪砂は答える。「ちょくちょく閣下の周りをうろちょろしていた方ですね」と後から部屋に入ってきた茨は、彼女の存在に気付いていたようだ。「小動物みたいで可愛いね!」と日和から声をかけられ、Eden三年勢に両脇を固められた彼女の事を、ジュンはむしろ憐れに感じていた。
「ふたりとも、新しい玩具を見つけたって顔っすね」
「玩具…?」
「ジュンくん。後輩相手だからって失礼だね!」
地獄耳なのか彼らの会話を聞いていた彼女が不安げに呟くと「玩具じゃないよ。私は、後輩を可愛がりたかっただけ。迷惑だった?」と澄んだ瞳で見つめられ、すかさず首を振った。しかし、「本当に可愛い…」と彼の綺麗な顔が間近に迫り、耐えきれなくなった彼女はその場から逃げ出した。「逃げられちゃった」と寂しげな凪砂に、苦笑したのは蚊帳の外にされてしまった面々である。「ナギ先輩がナチュラルに壁ドンするからっすよ」とジュンが。「照れて逃げ出しただけだね!」と日和が笑い、「閣下は無自覚でありますから」と茨が。「ねぇ。また連れてきてもいいかな?」と凪砂が提案していた事など、Edenの楽園から逃亡してきた彼女は知る由もない。
END