七種茨短編
乱凪砂
名前
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※後輩シリーズの続編です。
―今年のバレンタインオワタ。と悲愴感に打ちひしがれて転んだまま起き上がれないでいる人物こそ、乱凪砂と同じ考古学研究部の後輩名前である。ズベシャーっと効果音でも付きそうな程に盛大な転び方をした彼女の数メートル先にいる人物こそ、憧れの凪砂で。本日2月14日はいつにも増して彼に近寄れなかった。大勢の女子に囲まれて大量のバレンタインチョコを受け取っている彼は、Edenのリーダーとしての振る舞いを余儀なくされていた。茨の台本通りに振舞っていたが、視線の先で自らの後輩が盛大なズッコケをしたのを目撃しており、その時、宙を舞った名前の手作りチョコの入った箱は、偶然にも彼がナイスキャッチしていた。差出人の名前も何も明記されていないそれは彼を困惑させる要因になった。しかし、それどころではない。と、人だかりを抜け出して彼女に駆け寄った彼は、名前を抱き上げて保健室へと急いだ。彼にお姫様抱っこされるのは今回で二度目である。渡そうとしていたプレゼントの紛失は、凪砂に助けられた喜びですっかり忘れていた。
「思いっきり転んだよね。大丈夫?」
「大丈夫です。私…重いのに、ありがとうございます」
お姫様抱っこは女子が憧れるシチュエーションだが、これでは体重が重たいことがバレてしまいそうだと彼女は焦燥した。憧れの乱凪砂。本命チョコを渡そうとしていた相手…。涙で滲む視界に映る彼は綺麗でかっこよくて、その時間は幸せなひと時だった。だが…保険医が出張している現在、部屋に二人きりである。部活の先輩とはいえ、想い人と二人きりという空間は緊張せずにはいられず、彼女の手はスカートをぎゅっと握り締めていた。そんな状況下、困ったように凪砂が呟いた。「これ、私が貰っていい物なのかな?飛んできたから、キャッチしたんだけど…」その物体こそ、彼女が失くしたと思っていた、凪砂宛ての本命だった。まさか本人の手に渡っていたとは…と驚いたが、それには自分から凪砂へ向けてのものだという証拠はない。説明するしかない。と決意した彼女は真摯な眼差しで彼を見据えた。
「凪砂先輩にチョコ渡そうとしてた時に転びまして、その瞬間に飛んでいったものがそれかと思います」
「つまり…これは名前ちゃんが私にくれようとしてたもの?」
こくこく。と頷いてみせると安心したように彼が微笑む。「名前ちゃんからのプレゼントが一番嬉しい。ありがとう」と凪砂の笑顔は神々しく、後光が差して見えた。「私、部活の先輩だから義理チョコってやつかな?」と問われ、「本命に決まってるじゃないですか」と、「私、凪砂先輩が大好きなんです」と勢いにつられて告げてしまい、彼女は自らの失言に呆然とした。私の恋愛ここで終わった…と勝手に玉砕モードになっていれば、わしゃわしゃと彼の大きな掌で頭を撫でられた。「私も。私も…名前ちゃんが好きだよ」と。一般的な見解からすれば両想いかと思えるが、きっと名前の好きと凪砂の好きはだいぶ違うものだろう。それは、彼女自身も自覚していた。彼の好意は単なる後輩愛であると…。しかし、彼女はそれでもいいと思っていたし、凪砂と関わりがあるだけで幸せを実感していたのだ。とてもじゃないが、気付かれない程度にストーキングしていることはバレるわけにはいかないな。と感じた。そしてここにきてまさかのサプライズが起きた。いい人生だった…一瞬でもそんな事を考えた。
「私ね、逆チョコっていうのやってみたかったんだ」
まさか…あの、乱凪砂の手作りチョコ?なんて信じ難い気持ちでそれを受け取れば、感想を求められているような視線を感じ、リボンを解いた。「食べさせてあげるね」と彼の手が頬を包み、指先が唇に触れ、口の中に転がされたのはトリュフチョコ。「美味しいです」と呟くと同時に抱きしめられた。場所は保健室のベッドの上なので、本人達にそういう意思はないとはいえ危なげな雰囲気になっている。背中を支えられ、彼のうなじに手を回した体勢は非常に際どい。幸せすぎて死にそう。と、彼女が茫然自失していた時、保健室の扉を開けて現れた人物こそ、今回の逆チョコ作りに協力していた七種茨だったとか…。
END