七種茨短編
乱凪砂
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―「はぁ~…。凪砂くんと付き合って二週間か」
ミーティング後の部屋には、スマホで何かを見ながら溜め息をついて椅子の背もたれにくたりと凭れかかるプロデューサーの名前の姿が…。ウェブのトピックには『彼氏が彼女にしてほしいことピックアップ』と見出しが記されている。そのひとつが「一緒にお風呂」というものだった。想像しただけで顔が熱くなった。顔色ひとつ変えずに平気そうな凪砂が目に浮かぶが、自分はそうはいかない。と彼女が人知れず思い悩んでいると、開いた扉から中に入ってきたのは恋人の乱凪砂だった。画面をスクロールする指が止まり、彼と視線が合わさる。「名前。お疲れ様」と、後ろから彼女を抱いた彼は「何見てるの?」とスマホの画面を覗き込んだ。咄嗟に隠そうにも、スマホを握る手を大きな手で包まれたせいでどうにも出来ず。彼女は表情が固まった。
「名前ったら、こんなこと気にしてるの?」
「手料理を作ってもらう。っていうのはクリア済みだね」と彼は笑う。残りの二つは「膝枕」と「一緒にお風呂」であり、どちらも未経験だ。どう訊けばいい?彼女としてどう振る舞えばいい?と彼女は答えの出ない自問自答をして無言で俯いてしまった。そんな名前の首筋に顔を埋めて凪砂は告げる。「気負う必要なんてないよ。名前は大切な恋人で、いつも私の我儘を聞いてくれてるから不満なんてないよ」と。凪砂は優しすぎる。なんでも出来る万能神の彼が、何故あまり取り柄のない自分を好いてくれるのか恋人となった今でも分からない。「私は凪砂くんの彼女に相応しくないなって…自信がないんだ」とぽつりと不安を吐き出せば彼は頭を撫でてくれる。「絶対にそんなことない。私には勿体ないくらいの可愛い恋人だから」椅子から立ち上がり、振り向けば優しく微笑む彼がいる。抱きつくと身長の高い彼の胸に寄りかかる体勢になる。彼の腕の中は温かくて居心地がいい。自然と涙が零れそうになる程に涙腺が緩んでしまう。そんな時、彼は問いかける。先程のトピックに書かれていた内容を…。
「ねぇ。名前は私と一緒にお風呂に入ったりしたいの?」
「恥ずかしくて、今は無理かもしれないけど。いつかはしたいな」
「赤くなっちゃって、可愛い」と前屈みになった彼は彼女の頬を包み込んで一瞬触れるだけの口付けを落とした。付き合ってから、まだ片手に収まる程度しかキスをしていなかった彼女にとっては貴重なものだった。力が抜けたようにぽすりと彼の腕に抱きとめられ、すりすりと厚い胸板に頬を擦り寄せる。なんて幸せなんだろう…と、彼らの心には通ずる想いがあった。「凪砂くん好き」独り言のように呟かれた一言にはかなりの効果があったようで、彼の頬はみるみるうちに染まっていく。「私はね、誰かを愛すことには慣れてないから…名前に不満な思いをさせてしまうかもしれない」と愛される側の人間が故か、彼の悩みはこんなことだったりする。それでも彼なりに精一杯彼女のことを愛していると伝えてくれる。その姿は健気で、心にぐっとくるものがあった。
「私は名前が大好きで、世界で一番大事な存在。それは本当だから…信じていてね」
「淡々と愛を語ってくれるね。でもね、それは私も同じ。凪砂くんは私にとって、この世で一番大切な人だから」
背伸びをして、形のいい彼の唇に自らの唇を重ねる。だが、今回はそれだけではない。唇を割って歯列を舌でなぞる。後頭部を支えられ、やがて凪砂の舌が絡まる。滑らかな舌の感触、濃厚な口付け…それは全て初めての経験だった。唇が離れると、頬を蒸気させ息を乱している彼女がいた。「名前のほうからキスしてくれて、すごく嬉しい 」と彼は綺麗な微笑みを携えて彼女の髪に指を滑らせる。「ねぇ。もう一回して」と無邪気な彼のお願いに、今のキスで全力を出し切ったのに…と名前は真っ赤な顔を持て余しながらもう一度背伸びをする。何度しても慣れる気がしなかった。ただこうして、唇を重ねる度に凪砂への想いが膨れ上がっていくようでキリがないと嘲笑を滲ませた。
「もう一回したいな」
「ごめん。恥ずかしいから、今日はもうおしまい」
END