七種茨短編
巴日和
名前
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―日和坊ちゃまに縁談の話がきた。巴財団は近頃斜陽気味であるし、他の財閥と手を組めば上手くいくだろう。それに…坊ちゃまだって歳頃なのだから許嫁が出来るのは至極当然のことなのかもしれない。しかし、彼と身体を重ねて自分の恋心を自覚してしまってからというもの…何だか落ち着かない。財閥のご令嬢相手に悋気してしまいそうだ。そのお相手というのがEveのファンらしい。縁談の件でその気になっているのは、きっとメディア向けの巴日和の姿しか知らないからだろう。と私は推測している。いつも彼の我儘貴族ぶりを見ている身からすると、一波乱ありそうな予感しかしない。
「名前さん。もしかして、おひいさんのこと…」
「心配なんですよ。うちのアホ坊ちゃまがね…」
好きなんですか?なんて訊かれるわけにはいかない。お見合いを見守るという名目で潜入しているわけだが…実際のところただ気になっているだけである。日和坊ちゃまの主な被害者こと漣くんと一緒に潜入調査中だ。ピシッとスーツ着こなしてる日和坊ちゃまかっこいい…とか思ってる場合じゃない。お相手のご令嬢お淑やかで綺麗な人だ。確実に私の敗北決定である。さすがアイドル。というべきだろうか。今日の日和坊ちゃまいつもの我儘貴族じゃない。キラキラしてるし、ファンサービスも手厚いし。「うんうん!ぼくのファンなんだね!」とご満悦で、ご令嬢も憧れのアイドルに会えて嬉しそうだ。お見合いを見守るなんてとんでもない。破談になってしまえ。くらいのことを願っている私にとって、この順調な展開は心にダメージを与えるものだ。ギリギリと奥歯を食いしばって堪えていれば、漣くんが呟く声が聞こえた。
「そんな上手くいくわけねぇっすよ。なんせ、おひいさんなんすから」
「いや。でも…」
なんてことをヒソヒソと喋りながら観察していれば、最初はにこにこ笑顔だったご令嬢の表情が次第に曇っていくような気がする。機嫌良さそうな坊ちゃまが一方的に話している声が聞こえてくる。「ぼくが美しいのは当たり前だね!写真だけではぼくの魅力は伝わらないね!」とか「ぼくは許嫁なんていらないけど、ファンは大切にしたいね!」とかタブーな発言が聞こえてきて思わずこちらが焦る。お見合いの場で、許嫁はいらないなんていう言葉は言ってはいけない筈だが。アホ坊ちゃまは正直で悪びれもしないのでタチが悪い。ほら、やっぱりね。と言いたげにゲンナリしている漣くんと顔を見合わせる。日和坊ちゃまの我儘、お貴族な振る舞いに慣れきっている私達と違い、あのご令嬢は巴日和を理想化していた部分もあったのだろう。実際に会ってみたらなんか違った。という感じのショックを受けているのだと思う。坊ちゃま風に言うなれば「悪い日和」というやつだ。これといった進展もなさそうに、お見合いが終了した。
「ふたりきりで散歩するとか、全くなかったっすね」
「アホ坊ちゃまの相手して疲れたんじゃないかな?」
「そういう名前さんは、毎日おひいさんの相手してるんすよね?」
「まぁ、私は好きでやってるというか…お仕事だしね」
ユニットの相方に振り回されている君とはわけが違うのだよ。毎度毎度、あの坊ちゃまの我儘に付き合ってくれてありがとう漣くん。なんて彼を崇めたくなるな。しかし、ふたりでコソコソとしていたらバレた。おひいさんに…。なんかちょっと機嫌悪いな。お見合いの手応えがないからかな?なんて思っていたが、全然違った。「名前が内緒でジュンくんと会ってるなんて、認めないね!」と。手を引かれ、腕の中に閉じ込められ、ジュンくんを威嚇している彼は完全に誤解している。ぎゅっと抱きしめられて嬉しいけれど、人の目がある為、どうにかして坊ちゃまを宥めたい。無理だったけど。「名前はぼくのだからね!」ときわどい発言が…。「はいはい。わかってますって」と面倒くさそうにジュンくんが窘めてくれたが、一向にこの手を離してくれない。
「お見合い、いかがでした?随分綺麗な方でしたけど?」
「どうもこうも、やっぱり名前が一番だね!可愛いし、優しいし、ぼくを飽きさせないし!」
結局…どちらの反応も微妙だったようで、婚約の話は白紙になったらしいけど。一部始終を見ていて、全てを察している巴家の長男さまは苦笑していた。気さくなお兄さんで、「日和のお世話係なんて大変だね。君も」なんて同情してくれる。
END