七種茨短編
巴日和
名前
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※後輩シリーズの続編です。
―「盗撮なんてしなくても、写真撮らせてくれると思うんすけどねぇ」
物陰に隠れながら巴日和にカメラを向けている人物がいた。そんな彼女に声をかけたのは日和ではなく、その相方の漣ジュンで。名前は「げ。漣先輩」と顔を顰めた。どうもこの先輩は自分のことを奇妙な奴として扱ってくるんだよなという印象があっただけに、極力バレたくなかったのだ。「相変わらず趣味悪いっすね」と、「おひいさんに夢見すぎ」と顔を合わせる度にディスられるのだ。むぅ。と膨れっ面で不機嫌をあらわにした彼女に、彼はやれやれと笑った。そんな関係であり、彼女としては頼りたくない相手でもある漣ジュンに、今回ばかりは縋りたくなった。…と、いうのも本日はバレンタインデーというイベント日だからだ。張り切って作ったそれは、見た目も綺麗にラッピングが施してあり、彼女としても自信作だった。だが、いざ日和を目にすると乙女心が邪魔をして、声をかけるどころか近寄れなくなってしまったのだ。
「漣先輩!ヘルプ!」
「ヘルプ?俺を頼るなんて、らしくないっすよ」
本当は日和に、一番に本命チョコを渡したかったがその願望は叶わず、時は放課後になっていた。お目当ての人物は日和の筈だが、名前は咄嗟にジュンの制服の裾を引っ張り彼を引き止めていた。ジュンは本日厄介な頼まれ事を何度もされていたので、彼女が何も言わずとも直感で要件を感じ取っていた。「代わりにおひいさんに渡しといてくれ。っていうのはなしっすよ」「あの人、直接渡されたほうが喜ぶでしょう?」とジュンの言うことはごもっともだった。そのほうが日和は喜ぶに決まっている。分かっているのに、行動に移せない。そんな彼女の背中を、言葉通り思いっきり押したのはジュンであり、勢い良く飛び込んできた彼女を受け止めたその人こそ、巴日和で。いい匂いするし、抱きしめられちゃったし、本当に日和先輩最高すぎる!と本来の目的を忘れてポ~っとしてしまう彼女の顎を掬って視線を合わせた彼はにこりと微笑んだ。
「名前ちゃん、来るのが遅いね!」
「君が持ってるそれは、ぼく宛てだよね!」と嬉々とした様子の彼は彼女が恥ずかしがって中々渡せずにいたとは気付いていなかった。日和ガチ勢の彼女が今更恥じらうなんて誰も予想していなかったからだ。「日和先輩沢山チョコ貰ってましたし…私の作った普通のチョコなんてお口に合いませんよね」それを胸に抱えたまま未だに渡せず。その理由はEveのふたりが今朝、大勢の女子からチョコを貰っていたのを目撃していたからだった。高貴な彼は、庶民の自分の作ったものなんて口にしないかもしれない。とここにきて自己嫌悪に陥ってしまった。だが、想い人は陽光の貴公子。彼女の暗い表情すら明るく照らしてしまうのだ。「名前ちゃんが作ってくれたチョコが一番美味しいって知ってるからね!ネガティブな発言は嫌いだね!」と椅子に座った彼の膝の上に座らされた。ジュンには「紅茶を煎れてきて」と頼んでおり、彼女の口から本命チョコだと聞かされた彼はご満悦で後ろから抱きしめた。背中を彼に預ける形で、こんなにも密着しているなんて許されるのだろうか。と、ドキドキと胸を高鳴らせている彼女に更なる試練が降りかかる。とはいえ、幸せな試練であることには変わりない。
「あとはふたりでごゆっくり」
「漣先輩の薄情者~っ」
「ジュンくんにいてほしかったなんて、変わってるね!」
ダージリンティーを置いて、彼はそそくさと部屋を後にしてしまった。日和と二人きりなのは嬉しいけれど、緊張しすぎてどうかしてしまいそうだった。そんな彼女の心境など知らず、彼は名前に我儘を発動した。「名前ちゃんの手で食べさせてほしいね!」と、ボンボンショコラを彼の口へと運ぶ彼女の手は若干震えていた。彼と向き合う体勢で膝に跨り、チョコを食べさせてあげると、偶然だが彼の唇が指先に触れた。ていうか、この体勢は結構いやらしいのでは?と自覚してしまってから彼女の頬は紅潮していた。「うんうん!やっぱり美味しいね!」と彼からの褒め言葉はもはや聞こえておらず、日和の腕の中で身悶えて涙目になっている彼女の救世主はやはり漣ジュンだった。
「あ!やっぱり名前が悶え死にかけてる」
「日和先輩の腕に抱かれて死ねるなら本望です…」
「名前ちゃんは王子様のキスがお望みなんだね!だからそういう演技をしてるんだよね!」
END