七種茨短編
乱凪砂
名前
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-「秀越学園に何か御用ですか?妹君(ぎみ)」と声をかける茨のことは眼中にはなく、凪砂に会えてうっとりとした表情で一方的にまくしたてている他校の女子生徒こそ、巴日和の妹の名前だった。校門の前で、俗に言う出待ちをしていた彼女は、唯単に凪砂のファンというだけでなく、彼が巴家に預けられていた間に生活を共にした仲でもあった。「久しぶりに凪砂くんに会いたくなったから、兄さまには内緒でここに来たの」と経緯を話す彼女は流石は日和の妹といったところだろうか。思い立ったが吉日とばかりに思いつきだけで行動しているようだ。校門近くでは人目に触れる為、ひとまず個室のある喫茶店に場所を移した彼らだが、気に食わないことが一つ。
「どうして七種茨まで付いてくるの?私は凪砂くんだけに用があるのに…」
コーヒーを飲んでいた凪砂がティーカップを置いて「なんで名前は茨のことフルネーム呼びなの?」と悪意のあるその呼び方に困惑して質問をした。それに対し答えるまでもないと言うくらい潔く彼女が答えた。「爬虫類が嫌いだから」と、裏では毒蛇と例えられている彼のことを揶揄する物言いにかちんときた茨は「閣下に何かしたら許しませんからね」と捨て台詞のような言葉を残して此処から立ち去っていった。律義にも伝票ごとレジに持っていき、彼らの分の支払いも済ませてしまうところは下僕じみているが、彼なりの心遣いかもしれない。
「日和くんに内緒で私に会いに来ていいの?」
「兄さまは頻繁に凪砂くんに会えるけど、私は会えなくて寂しかったから…」とシュンとした面持ちで話す彼女の肩を思わず抱き寄せていた自らの行動に自分でも吃驚している彼だったが、腕の中で頬を染めて嬉しそうに自分を見上げてくる彼女を可愛いと思ってしまうのも事実。視線が重なり、言いよどんだ彼女は感じたことをそのまま口にした。「凪砂くんは、いつ見ても綺麗だね」と。言いたかったことを先に言われてしまった彼は彼女の言うように綺麗な笑みを携えたまま「私は、そういう名前のほうが綺麗だと思うよ」と事も無げにさらりと言ってのける。
「私ね、もうすぐ婚約させられるってわかってるのに…凪砂くんのことが好きで、諦められないんだ」
口重に、泣きそうな表情で悩みを明かした名前。巴家の長女である彼女が家の為に政略結婚させられるのは何ら不思議のないことだったが、思う所ある凪砂は優しく包み込むように涙目の名前を抱き竦めて「諦めないでほしいな」と耳元で囁いた。そのせいで、涙腺の崩壊した彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。嗚咽を漏らしながら、うわごとのように「好きだよ、凪砂くん」と呟く彼女の涙の粒を掬うように頬に唇が触れると、驚いて目を瞬かせた名前が涙を拭って彼を見上げた。「こんな事を言ったら日和くんに怒られてしまうかもしれないけど…」と彼の口から語られる言葉は全て初めて明らかになった彼の心情であり、名前は凪砂に抱きついたまま、静かにその声に耳を澄ませる。
「私に愛情を、そして温もりを教えてくれた名前に添い遂げたい。いつからか、そう願うようになってしまったんだ。私を好きになってくれてありがとう、名前」
日和くんにも私達の仲を応援してくれるように話してみるから、泣かないで。と、まさに不意打ち。唐突に唇を奪われた彼女は茫然自失して暫く彼の腕の中から離れることが出来ないのだった…。
END