七種茨短編
漣ジュン
名前
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―「ジュンくんに文句を言われる筋合いはないね!べつに名前はジュンくんのものじゃないしね!」
漣ジュンは近頃、悩み事がひとつ増えた。日和に振り回されるだけならまだしも、ジュンの幼馴染みで同じく玲明学園に所属している名前が日和を甘やかしているのが正直言って気に食わないのだ。現に今も繁華街に呼び出され、どうせ荷物持ちをさせられるのだと分かってはいた。しかし、その場には日和の隣に何故か名前まで居るではないか。「名前にまで荷物持ちさせる気っすか?名前も、せっかくのオフの日におひいさんの相手しなくていいんすよ」と彼らに言及したジュンへの日和の返答が冒頭の台詞だ。「私は、一緒にお出掛けしようって日和先輩に誘われたから来ただけで、荷物持ちもさせられてないよ」とジュンに納得してもらう為に彼女は答えるが、それはかえって彼をもやもやした気持ちにさせるだけなのであった。幼馴染みの自分ですら名前とデートしたこともないのに、おひいさんに先を越されるなんて。と嫉妬と自己嫌悪に似た感情が沸き上がってくる。日和の荷物を、手配していた車に詰め込み、車に乗り込んだ日和を見届ける。
「このまま、その辺ぶらぶらしません?おひいさんばっかり名前と一緒で狡いっすよ」
「ねぇ、ジュンくん。手繋いでもいい?」
ジュンからの思いがけない申し出に、彼女は心を踊らせた。特待生ではなかったジュンに目をつけて彼の才能を見出してくれた日和へ恩義を持ち、何かと彼とばかり一緒に行動していたが、彼女が玲明に入ったのは幼馴染みであり、長年片想いしている相手のジュンの役に立ちたい。彼の活躍を傍で見守りたい。という真っ直ぐな想いから起因するものだった。先程は日和のほうから手を握ってきたが、手を繋ぐ相手がジュンだったらいいのに、と思わず想像してしまう程に彼との交流に飢えていたのだ。自分と手を繋ぐ彼の横顔に見惚れていると、ぐいっと引き寄せられ心臓が跳ね上がった。そのまま歩いていると、一件のアクセサリーショップに目が止まったが、ジュンには退屈な場所だろうと思い通り過ぎようとした瞬間、彼に手を引かれ彼女は足を止めた。
「名前。こういうの好きでしょう?入ればいいじゃないすか」
「うん。じゃあ、ジュンくんに何か選んでもらおうかな?」
彼女が店内を物色していると「名前に似合いそうなもの見つけたんすけど、どうすか?」と薔薇とパールと宝石のような飾りがキラキラと光っているバレッタを手に、ジュンが提案してきた。ジュンくんてなんで私の好み知ってるんだろう。と疑問に思いながらも「それ、すごく可愛い」と名前が笑顔を見せたことで彼は確信したのかレジで会計を済ませて戻ってきた。店外に出た後に名前がお金を支払おうとすれば、ジュンはそれを拒み彼女の髪に触れ「付けてあげますから、目閉じて」と静かに告げた。瞳を伏せていた彼女はパチッと音が聞こえ、目を開けようとしたがそれは不可能だった。ジュンの手が後頭部に添えられ、唇に何かが重なった。驚いて瞬きすれば、目前にジュンの顔が迫っており、キスされたのだと理解せざるを得なかった。
―あの後、どうやって帰ってきたのかすら思い出せない。それ程に名前は頭が混乱していた。どうしてキスしたのか訊きたいのに、どうしてもそれが出来ない。それどころか、ジュンと喋ることすらままならない気がする。まるで逃れるかのように彼女は日和のもとへ訪れていた。「うんうん!名前は今日も可愛いね!さすがぼくのお姫様だね!」と食後の紅茶を飲みながらブレイクタイム中の日和は膝に名前を乗せてご満悦の様子で彼女の頭を撫でる。するとそこへ「何してんすかねぇ。おひいさん」と彼の手を払いのけてジュンが姿を現した。名前にベタベタ触るんじゃねぇっすよ。と言いたげに鋭い視線が日和に向けられている。
「ジュンくんは焼きもち妬きだね!ぼくが名前にばかり構ってるから自分も構われたいってことだよね!」
「勘違い甚だしいんすけど。俺は名前を迎えに来ただけなんすよねぇ」
ジュンに手を握られ、何も言えずに無言のまま彼の横を歩く彼女はジュンの本意が見えていなかった。どうして迎えに来てくれたのか、この手を離してくれないのか…。ふたりは会話を交わすことなく、使われていない空き教室へと入っていく。そこで漸く彼女が問いかけた。「教室に戻るんじゃないの?」と。しかし、ジュンは思っていたような返答はしてくれなかった。「ずっと名前に話したいことがあったんすよ」と彼女は壁際に追い詰められ逃げ場がなくなった。ジュンの瞳は嫉妬心で揺らいでいる。「最近、ジュンくんを避けててごめん。日和先輩のところに行ってたのも理由があるの…っ」
その続きは聞きたくない。と彼女の言葉は彼からの唐突な口付けで途切れさせられた。あの日交わした触れるだけのキスとは比べ物にならない。舌が絡み合う濃厚なそれに、名前は息が出来なくなりジュンの胸板を押し返した。唇が離れて息をつくと、後頭部を支えられ再び唇が重なった。角度を変えて啄むような口付けをしてジュンが離れると名前は肩で息をしていた。呼吸が整ってから、キッとジュンを睨むような眼差しで見つめた彼女はついに確信に触れた。「…どうしてキスしたの?」と。彼とのキスが嫌だったわけではない。何故、奪うように口付けをしたのか知りたかっただけだ。「おひいさんが好きっていう言葉だけは聞きたくなくて。強引にキスしたのは悪いと思ってるし、名前の気持ちを考えてませんでしたよ…」とジュンはバツが悪そうに彼女から視線を背けてしまった。だが、彼は予想外な温もりに包まれ身を固くした。嫌われても仕方ないとすら思っていたのに、自分に抱きついてきた彼女は瞳を潤ませながらジュンを愛しげに見上げて想いを伝えてくれたのである。
「私ね、ずっとジュンくんが好き。日和先輩のとこに行ってたのも、そのほうがジュンくんが構ってくれるかと思ってわざとしてたことだよ」
「まったく…無駄な焼きもち妬かすんじゃねぇっすよ。俺だって、子供の頃からずっと名前が好きなんすからねぇ」
END