七種茨短編
漣ジュン
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
―「…デートしたい」
玲明学園2年S組にて、名前が呟く。彼女の友人は「唐突にどうしたの?」と問いかける。すると顔を顰めながらその本意が明かされていく。「私も、恋人あるいは好きな人とデートしたいなぁと思って」と彼女はボヤくが実の所、恋人なんていないので到底無理な話である。「そういうことは、私じゃなくて漣くんに言えばいいでしょ?」と友人は同じクラスの漣ジュンと名前を交互に見つめた。すかさず名前が「私はEdenのプロデューサーってだけで、ジュンくんとはそんな仲じゃないから!勘違いしないでよね」と反論した。しかし、その声を聞いていたのは話題に上がったジュンであり、名前が何やら自分のことを話していると、興味本位で席を立った彼は彼女達が座る席に近付いて問いかける。
「なんか呼ばれた気がしたんすけど?」
「ごめんごめん。おひいさんじゃあるまいし、呼んでないよ」
つっけんどんにジュンを追い返そうとする名前の態度に、「素直じゃないなぁ」と溜め息をついた友人は名前の代わりに話の全貌を説明する。「名前がね、なんの前触れもなく、デートしたいとか言うから…漣くんに頼めば?って話してたんだけど」とふたりを後押しする彼女の言葉を聞いてその気になった彼は「いいっすよ。今週末にでも、デートしましょうか」と顔を綻ばせた。「デートするなら誰とでもいいってわけじゃないし。ジュンくんも何言ってんの?」と彼女は乗り気ではなかった。だが、それは好きな相手には素直になれない性分であるが故の台詞だった。
「俺は、名前とデートしたいっすよ」
そんなの嘘に決まってる。本気にしちゃいけない。と、頭の中で内なる自分がせめぎ合っている。「デートしたらいいじゃないの」と囁くポジティブな自分と「所詮からかわれているだけ」とネガティブ思考な自分が。そんな名前のせめぎ合いを止めたのは漣ジュンその人である。「ともかく、今週末空けといてくださいよぉ~?名前を家まで迎えに行くんで」と半ば一方的にデートの約束を取り付けて、彼は自分の席に戻っていってしまった。いつも日和のお守りをしているジュンをこれ以上振り回してしまうのは、正直気が引けた。が、ジュンは名前の心配とは裏腹に心を踊らせていたりするのだが、彼女は知る由もない。
―「ほんとに、デートする気なのかなぁ…」
おひいさんも一緒に、三人でお出かけ。とか、そういうオチだったりして。と悶々と悩ましげに考える彼女は巻き髪に指を滑らせ独りごちた。こんなことなら、彼好みの女の子のファッションを訊いておけばよかった。と全身鏡の前で服装を確認しながら後悔に耽ける。ラベンダー色のニットに花柄のタイトスカート。ネイビーのコングコートを羽織っている彼女はエレガントな出で立ちである。時計の針は午前10時前を示している。玄関でスタンバイしていた彼女はインターホンの音にすぐに反応し、扉を開けた。いつもと雰囲気が違って見えるのは互いに私服姿だからだろうか。ジュンはデニムパンツにシャツとニット。ブラックのダッフルコートを纏っておりカジュアルな印象だった。チラチラと周りに視線を向けるもそこに日和の姿はなく。彼女は思わず問いかける。「今日はおひいさんの相手しなくていいの?」と。
「デートだって言ってんのに、連れてくるわけないじゃないすか」
「そっか。ジュンくん、私服かっこいいね」
「あーもう。会ってすぐ変な事訊いてくるから褒め損なったじゃねぇっすか」
「名前の私服姿すごくいい。って言うつもりだったのに」と先を越されて悔しげな様子のジュンだったが、気を取り直して名前の手を握って微笑む。家を出て街に繰り出す彼らはどこから見てもカップルにしか見えなかった。「名前は何処か行きたいとこあるんすか?」とジュンが問いかけるも「ジュンくんとなら何処だっていい」と彼女の返答に胸に甘いときめきを覚えた。きっかけは名前の何気ないデート願望だった上、自分とデートがしたいというわけでもなさそうだった。だが、想い人とのデートが実現したのは事実だった。昼食後のデザートを選んでいる最中、彼女は浮かない顔で「ダイエット中だから、コーヒーだけにしておこうかな」と呟いた。しかし、視線は明らかにフルーツの乗ったパンケーキに向いていることにジュンは気付いていた。「それなら、一緒に食べればいいじゃないっすか」と事も無げに彼は提案する。運ばれてきたフルーツと生クリームたっぷりのパンケーキを目にして、コーヒーを飲んでいた彼女の動きが一瞬ぴたりと止まったのをジュンは見逃さなかった。
「食べたそうにしてたくせに。俺が食べさせてあげましょうか~?」
「半分先に食べていいっすよ」と名前の前にずいっとパンケーキを寄せるが、彼女は首を振る。自由奔放な日和の相手をしているが故か、こういった控え目な態度をされると逆に戸惑ってしまうのだ。意固地なその様子を見兼ね、彼は自分でも大胆に思える行動に出ることになった。切り分けたパンケーキをフォークで彼女の口元に持っていく。「名前。口開けてくださいよぉ~?」と恥ずかしさに平常心が保てないと言わんばかりの視線で、なんとか彼女にパンケーキを食べさせるのに成功した。「ありがとう」とお礼を告げる名前だが「こういうのは恋人同士がやるものじゃないの?私相手にこんなに優しくていいの?」とジュンは思わぬ問いかけをされ、直球で伝えるしかないのだと決心し彼女の隣に移動した彼はその細い肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「それなら、俺の恋人になればいいじゃないっすか。そもそも、恋人とデートがしたかったんでしょう?」
「あの時、ジュンくん何言ってんのなんて突っぱねたけど…ジュンくんが私とデートしたいって言ってくれて嬉しかった。私でいいなら、ジュンくんの彼女になりたい」
「それじゃ、決まりっすね」と彼はにやりと笑みを浮かべ、残りのパンケーキを一瞥して「恋人同士がやること、俺にもしてくれないんすかねぇ?」と遠回しなお願いをした。彼女は照れ臭そうに笑いながらも嬉しそうにそれに応えるのだった―
END