七種茨短編
七種茨
名前
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―「どうかされましたか?」
「…ナンデモナイレス」
「言動おかしくなってますし、何かありますよね」
そもそもの発端は、名前の母の要望が口にされたのが始まりだった。「名前もそろそろボーイフレンドのひとりやふたり紹介してくれてもいいのよ?」と、自分の友人の家庭で自宅に彼氏を連れてきたという、よその家の例まで出され、彼女はうんざりしていた。挙句の果てには「もしかして、二次元にしか興味ないとか言うんじゃないでしょうね?」とあらぬ疑いまでかけられてしまい、「ボーイフレンドくらいいるし!今度連れてくるから待ってて」と豪語してしまったのである。自暴自棄になっていたとはいえ、とんでもない宣言をしてしまったと、今更後悔していた時にふと隣の席の七種茨に目が止まったのだ。彼ならばこういう時の口裏合わせも得意だろうし、例え演技でも恋人になれたらどんなにいいだろうかと考えていた最中に、彼からかけられた台詞が冒頭のものである。いや、でも…こんなこと頼めない。と葛藤して眉間に皺を寄せている名前を茨は訝しがっていた。
「自分に言いたいことでもあるんじゃないかと、呼び出したわけですが…」
「忙しい茨にこんなこと頼むべきじゃないし、気にしなくていいよ」
こんな押し問答の末、ついに茨が名前の恋人役を引き受け、母に彼を紹介する日にちが近付いてきた。「ねぇ、本当にいいの?偽りとはいえ、私なんかの彼氏役だよ?」「なんかとは随分と自己卑下なさるんですね。自分、名前の恋人役が出来てむしろ光栄であります!」と、断るなら今のうち。とばかりに何度も確認をしていたが、茨も満更ではないのか、やる気に満ちていた。と、いうのも…それなりの見返りを期待しているからだ。「お礼なら何でもするから」と名前の無防備極まりない発言は茨からすれば絶好の機会だったのだ。
―「初めまして!自分…名前さんとお付き合いさせて頂いております。七種茨と申します」
「あらあら。こんなハンサムくんが名前の彼氏だなんて何かの間違いじゃない?」
「名前さんが美しいのはお母様に似たからなのですね。それと、自分…正真正銘名前さんの恋人であります!」
母と茨の会話を横で聞きながら、よくもこんなにペラペラと嘘がつけるものだと感心していた。褒め殺しが炸裂して母は気を良くしているし、あまり疑われてもいないようだ。テーブルの下で、彼に握られた手にぎゅっと力が込められた。しかし、今しがた現れた祖母の姿に名前は心臓が縮こまった。「あんた、ほんまに名前を愛してるんか?」と何もかもを見透かしたような問いかけをされたからだ。茨、本当にごめん。と、心の中で謝罪していれば、隣の彼の言葉で名前は泣きそうになった。「確かに、名前さんは自分には勿体ない程素晴らしい女性です。それでも、自分には名前さん以外考えられないんです」とあまりにも真っ直ぐな告白をされたからだ。嘘だと、偽りの恋人関係だと分かっているのに、本気にしてしまいそうだ。
―「茨…本当にごめん。こんな事に付き合わせて」
「謝る必要なんてありませんよ。全て、自分の本心です」
名前の自室にて漸く二人きりになれた。茨の耳元で謝罪すれば、彼はなんてことないように微笑む。彼の言葉にときめきを覚えつつも、こんなの本気なわけがない。と、彼女は心苦しくなって小さく溜め息をついた。そっぽを向いていれば、「恋人なら、キスくらいするでしょう?」と茨に頬を包まれて強引にキスをされた。「偽りの関係なのに、なんでキスしたの?」と、潤んだ瞳で茨を睨めば、彼は「お礼なら何でもするって名前が仰ったんでしょう?」と呟いた。「それは…そうだけど…」と言い淀んで何も言えなくなってしまった彼女に茨は告げる。「偽りの恋人なんかじゃなく、本当の恋人になりましょうよ」と。
「雰囲気に流されてるだけじゃない?正気じゃないでしょ?」
「正気ですよ。このまま抱いてもいいですか」
真摯な眼差しの茨に組み敷かれて顔を真っ赤に染めた彼女は羞恥心と高揚感が入り混じって涙目になっていた。その目元に口付けを落として、茨が名前の胸元をいやらしい手つきで撫でた。「今日…可愛い下着じゃないからだめ」と拒まれるも、彼の手は彼女のシャツのボタンを外していく。「随分とやらしい下着つけてるんですね」と茨の視線は、はだけた胸元を見逃していなかった。身を捩らせた彼女は、近くにあった枕を茨に向かって投げつけ、それが顔面にヒットした。
END