七種茨短編
漣ジュン
名前
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-「ジュンくん。名前と喧嘩でもしたの?ぼくが特別にアドバイスしてあげてもいいね!」
レッスン中、ギクシャクしている二人の様子に気付いた日和がジュンを部屋の外に連れ出して冒頭の台詞を問いかけた。「元はと言えば、アンタが…」と喉の奥から出かかる言葉を呑み込んで、彼は訊ねる。「おひいさんは、名前のこと好きなんすか?」と。一番訊きたくない事柄だが、今最も気になっていることでもある。「勿論、好きだね!」と即答する彼に、ジュンはやっぱり訊かなければよかったと後悔した。だが、日和の返答はそれだけではなかった。「好きは好きでも、幼馴染みとして大切に思ってるだけだね!ジュンくんの言うような好きとは違うかもね」と、実の所は日和は自分でも名前とどうなりたいのか明確に分かっていなかったのである。
「悔しいけど、ぼくじゃ名前を振り向かせられなかったんだね!ジュンくんのくせに名前を独り占めするなんて生意気だね!」
彼ならではの後押しの仕方は、何だかとても分かりづらいものだった。しかし、日和の本音を知れた今、心に詰まっていたものが、ふっと解けたようにすっきりとした気持ちになる。日和にしては珍しく二人の仲を応援してくれているかと思いきや、安心しきれない部分が露呈した。「名前がジュンくんを好きなのは分かってるし邪魔する気はないけどね!名前の気持ちが僕に傾いた時はぼくが貰うね!」と、笑顔で宣言された彼は複雑な心境に陥った。「そうはいきませんよ」と勝気に笑って彼は部屋を出ていく。残された日和が物憂げな溜め息をついたことなど知らずに。今となっては不安に苛まれて悋気していたのが馬鹿らしく感じる。部屋に戻ると、心配そうな視線の彼女と目が合う。先程までは彼らしくないミスを連発していただけに何だか不甲斐ない気持ちになったが、彼の表情の変化に気付いた彼女はレッスンを再開しても大丈夫だろうと確信したのだった。
-「プロデューサーを部屋に連れ込んでるなんて、バレたら大変だよ?」
玲明学園の寮で生活しているジュンの部屋で、ベッドに腰掛けながら彼女は悪戯な笑みを浮かべて冒頭の台詞を問いかける。バレたところで咎められるのはジュンよりもプロデューサーである名前だという事は分かっているのだが、彼女は敢えてこのような言い方をした。しかし、それに対してジュンはと言えば、隣に座ってジリジリと距離を詰めて彼女と密着した。腰に腕を回されて横から抱き竦められ、安心感に満たされた彼女は穏やかに目を細める。「でもね、まさか私が日和くんを好きだとか疑われるとは思わなかったよ」ぽつりとそう零す彼女は信じられないというような眼差しを彼に向ける。「ジュンくんのこと好きじゃなきゃ告白なんてしてないよ」と、あの日の出来事を思い出して今更ながら恥ずかしくなってきたのだった。
「俺、遊ばれてるのかと思ってたんすよ」
「それは私の台詞だよ。ジュンくんは引く手あまたのアイドルなんだし、私の事なんか本気で好きじゃないんだろうなって思ってた」
「それに、キス以上のこともしてないし」と、今度は彼女の不安が露わになった。カップルらしいことはしているが、二人は未だに身体の関係になってはいなかった。けれども、それはジュンが名前を大切にしている証拠だった。「俺はそんなに手の早い男じゃないっすよ。もしかして、名前は初めてじゃないんすか?」と、彼女の発言が積極的すぎてジュンは困惑していた。だが、彼女はそんな彼に更なる追い討ちをかける。「私の初めては全部ジュンくんにあげるよ」と笑顔で告げられ、彼は顔が熱を持つのを感じていた。彼女を抱く腕には力が込められ、互いの体温すら直(じか)に感じる。
「そうやって、煽るの反則っすよ」
己の理性と闘っている彼が言うには、名前の甘く誘うような台詞は狡いとのこと。彼女も負けじと反撃を続ける。「その気になってる私に、いつまで経っても手を出してこないジュンくんもいけないと思うんだよね。据え膳食わぬは男の恥って言うでしょ?」と。どうも口では彼女のほうが勝るようだ。それなら行動で上回ろうと、彼は決意に満ちた眼差しで彼女をベッドに組み敷いた。無論、一切抵抗する素振りはなかった。「こんなにあっさり身体を許していいんすかねぇ?無防備すぎますよ?」と、あまりの容易さに彼は逆に心配になった。恍惚とした表情で自分を見つめ、「仲直りのキスしよ」と強請(ねだ)る名前があまりにも可愛く思えて、彼は何度も唇を重ねる。
「ジュンくん、キスだけで満足なの?」
「まったく…。そんなこと言って、どうなっても知りませんよ?」
ジュンの本気を表すように、その手は彼女の身体に滑らされる。驚いたように彼を見上げる名前の瞳は覚悟を決めたようにじっとジュンを見つめている。全てをジュンに委ねてしまおうと、指と指を絡めさせながら彼女は甘く囁いた。「ジュンくんになら、どんな事されたっていいよ…」と。
END