七種茨短編
乱凪砂
名前
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―「悋気…?」
名前は茨の言った言葉の意味が分からず首を傾げた。後輩である茨が告げた台詞はこうだ。「近頃、閣下が後輩と親しげにしている名前さんに悋気しているようでして」と。名前に心当たりがあったのは確かだ。同じ学園の一年生の男子生徒の一人が自分を慕ってくれているのだ。彼はアイドルではあるがまだまだ無名で、Edenのプロデューサーの名前の実力に惚れ込み、プロデュースをしてほしいと頼んでくるのだ。Eden専属プロデューサーなので、容易に受け入れることも出来ない。そんな事情を茨に説明する。わざわざ三年生の教室まで訪ねてきたと思えば、内容は凪砂の事だったのだ。
「悋気というのは…つまり、閣下が焼きもちを妬いておられる。ということです」
「まぁ…お昼の時間とか、何かとその後輩が絡んでくるから。凪砂くんと過ごす時間が減ったのは事実だけど…焼きもち妬いてるなんて信じられないよ」
三年S組の近くの渡り廊下で彼らは会話を交わしていた。そんな彼らに気付いて近付いてきた人物がいた。話の中心人物である乱凪砂だ。「名前。教室にいないと思ったら、茨と一緒にいたんだね」と捨てられた子犬のような瞳をした彼が名前に抱き着いた。「Edenの活動の事について作戦会議をしていたところでして。閣下が名前さんを探しておられたとは知らず、申し訳ございません」と茨が咄嗟に謝り、その場は丸く収まった。しかし「名前ってば最近、私のことはほったらかしでいなくなっちゃうから心配で…」と不満があることには変わりないようだ。凪砂とは付き合っているわけでも何でもない。だが、こんなに寂しげな凪砂を拒むなんて出来ず、彼女は凪砂に密着されたまま教室に戻っていく。茨には「凪砂くんのことは任せといて」と笑顔で返事をした。
-「凪砂閣下は、こんなに甘えん坊だったかな?」
「だって、名前…あの一年生ばかり構ってるから。 つまらなくて…」
それでも毎日同じ教室で授業を受け、放課後はレッスンで一緒なのだから共に過ごす時間が極端に減ったということはないだろう。教室に着けば何事かと視線を集めたが、何とか凪砂を納得させ席に座らせた。約束をしたのだ。本日の放課後、考古学研究部の活動に同行するという約束を。そして放課後…学園を出ようとすれば名前を呼び止める声がかかり、二人は振り向いた。声の主は名前に懐いている一年生の男子だった。
「名前先輩!今度こそ、プロデュースお願いします!」
何度も頼み込んでいるのだろう。その熱意は凪砂にも伝わってきたが、くすりと微笑んだ凪砂は名前の肩を抱き、とんでもない台詞を彼に放った。「名前は私のだからね。君にはあげないよ」と。凪砂の神々しさ、美しさに怖気付いた彼は「すみませんでしたー」とすっかり怯えた様子で逃げていった。凪砂の台詞にドキドキとさせられている彼女とは違い、当の本人は名前と一緒に発掘調査が出来るという事が楽しみで口元が緩みきっていた。考古学研究部から借りた活動着の名前と腕を絡ませて現地へ赴く。「この格好の名前も可愛い」と褒められているにも関わらず、可愛い格好をしているわけではない為、名前は素直に喜べずにいた。移動の車の中でも、彼は相変わらずベッタリと寄り添っていた。
「私ね…名前不足なんだ」
「名前不足…?」
「うん。名前欠乏症だから、名前から離れられないんだ」
発掘調査が終了するまではまだよかった。問題はその先にあったのだ。泥だらけの凪砂を自宅に連れてきた彼女は、そのまま浴室に誘導した。そして只今、半裸の凪砂に追い詰められて逃げ場を失っている。タオルは渡したが、着替えがない。と、兄の部屋から衣服を拝借して脱衣場に入れば、下着姿の凪砂と鉢合わせてしまい、絶体絶命の現状に至る。「ほら。凪砂くん、髪拭いてあげるから、じっとしてて」と彼の長い髪を優しくタオルで拭き、服も用意したという旨を伝えるが、彼には「暑いから今は着たくない」と拒否されてしまった。「名前はほんとに優しいね」と頬を撫でられ、彼の端正な顔が近付く。あまりの距離の近さに狼狽えるが、彼は嬉しそうに微笑んで告げる。「私ね、名前が大好きだから…あの一年生に嫉妬してたんだと思う」と。
「ありがとう。私も凪砂くんが大好きだよ」
状況も忘れ、彼女は彼を見上げて返事を伝えた。想いが通じ合い、一件落着。かと思いきや、彼女の受難はまだまだ続いた。こんな時、ストッパーになってくれる茨もおらず、名前は終始赤面させられっぱなしだった。
「ねぇ。名前もお風呂に入るんでしょ?」
「うん。凪砂くんはリビングで待ってて」
「あ、そうだ。私が洗ってあげようか」
「純粋な眼差しでとんでもない提案を…」
END