七種茨短編
七種茨
名前
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-「名前は今日もお美しい!まぁ、いつも可憐なんですけどね…」
2年S組の教室で名前が七種茨に挨拶をすれば、褒め殺しが始まった。しかし、彼女は嬉しいという気持ちよりも、彼の体調が心配になったのである。夢ノ咲のプロデューサー相手には冒頭の台詞のようなことを言っていたのを知っているが、自分には一切そういった褒め言葉を言わない彼が…どうもおかしい。と腕を伸ばし、彼の額に指を当ててみる。思った通り、やけに熱い。「熱がある影響で褒め殺しされてもなぁ…」と呟いて彼女は茨の手を引いて教室から連れ出した。保健室で熱を測ってみると案の定。38度を超えていた。保健医からは自宅に帰ったほうがいいと言われ、迎えの車を手配した彼女は事情を担任に説明しに行こうとするが、予想外なことに後ろからジャケットの裾を引っ張られ、足を止めるしかなかった。「名前。行かないで」といつもの喋り方も抜け、幼い子供のように瞳を揺らす彼の姿は見たことがなかっただけに面食らった。
「七種は名前に甘えたいんじゃないか?私のほうから先生に伝えておくから、看病してあげなさいよ」
保健医にお礼を伝え、保健室を後にした彼女は茨と共に車に乗り込む。運転手は茨の自宅を知っている為、任せていれば問題はなかった。そんな状況下…彼女の肩を借りる体勢で、彼は告げる。「褒め言葉くらい素直に受け取ってくださいよ」とぽつりと呟かれた言葉に彼女は「はいはい」と返事をした。高そうなマンションの前で車が停められ、初めて彼の家に上がった彼女は寝室に直行し彼の制服を脱がせ部屋着に着替えさせた。ベッドの上に座ると、彼は仰向けに横たわるがそのまま寝るわけではなく。袖を掴まれていることに気付き、名前は保健医から言われた一言を思い出した。「具合悪い時くらい甘えていいから。安心して寝ていいよ」と。ぽーっとした虚ろな眼差しで彼女を見つめる彼は寝転がった体勢のまま座っている彼女の腰に手を回して拘束した。「甘えていいなら、今日は離しませんから」と。
「いいよ。病人の傍を離れるつもりないから」
途中で寄ってもらった薬局で買った冷却シートを茨の額に貼ってやり、彼女はその頬を撫でて微笑む。安心しきったように無防備な寝顔、離さまいというように絡まる指。「アイドルやりながら会社の経営なんて大変なのに…すごいよね」感心するように独りごちて乱れた布団を掛け直してやる。無理が祟ったのかも。とプロデューサーなのにアイドルの体調管理をしてあげられなかった自分の不甲斐なさを彼女は責めていた。
―「名前が食べさせて」
彼が寝ている間にキッチンを拝借し作ったお粥をお盆に乗せて持ってくると今度はこんな台詞で甘えてくる。熱がある時の言動はどうも子供のようになってしまうらしい。「食べさせてあげるから、口開けて」とふーふーと冷ましてから彼の口に運んでいく。卵と鶏ガラスープで味付けしたそれを咀嚼して、彼は微笑んだ。「すごく美味しいです。名前がお嫁さんだったらいいのに…」とこれまた甘い言葉が飛び出した。きっと、体調が回復した時に訊いたらこんな言動自体が記憶にないだろうに。茨の言葉一つひとつに一喜一憂させられるなんて…と少しだけ虚しくもなった。「嫁に貰ってくれるなら、大歓迎だよ」風邪薬を飲み再び目を閉じた彼の横で、小さな声でそう答える彼女の声を決して彼は聞き逃していなかった。「ねぇ、名前。添い寝して」と子猫のように甘えられ、皺にならないように制服を脱いだ彼女は上はキャミソールで下にはショーツしか身に付けていない姿になった。やましいことなどない筈なのに、背徳的な気分になってしまう。「添い寝してあげるから、ゆっくり眠って」と彼の隣に潜る。晒された素肌に彼の腕が、脚が…触れる。胸に、甘えるように擦り寄ってくる彼が可愛くて髪を撫でるが、次の瞬間には胸を触られていた。まさぐるようにいやらしい触れ方ではなく、ただ揉まれるように優しく触られる。相手が病人じゃなければ抵抗するところだが、今日の茨は甘えたい子供。多めに見よう。と潔く腹を括った。胸に触れる手が離れ、その腕は彼女を抱きしめた。抱き枕代わりになるくらい余裕余裕。と思っていたが、ちっともそんなことはなかった。
「名前は優しくて、可愛くて…ほんと、俺の彼女にしたい…」
「褒め殺しお休みしようか。寝よう?」
本気で言っているわけでもないだろうに、その言葉にドキドキとさせられてしまう。腕に抱かれていた彼女は一睡も出来ず、外が暗くなった頃に目覚めた彼はベッド上の有り様に困惑の声を漏らした。「え。名前…どうしてここに?それに、その格好…」と。まさか、そういう関係になってしまった?と訊きたげな彼の視線を受け止めて名前は有りのまま答える。「添い寝してくれって茨に頼まれたから、私はそれに従っただけ。そういう関係にはなってないから安心して」と笑う彼女とは裏腹に、「名前。好きですよ」と彼はベッド上で名前を組み敷いた。「ねぇ、まだ熱があるんじゃない?」と苦し紛れに彼の頬に手を当ててみるが平熱に近いような気もする。「お陰で熱は下がりましたよ」「でも、言動が…いつもの茨じゃない」こんな会話を交わしつつも体勢は何も変わっていない。熱があるからこんなことを言ってくるんだ。と納得していた先程までとは違う。「好き」という一言も本心なのかもしれない。「私のこと可愛いって、俺の彼女にしたいって…熱がある時に茨が言ってた。でもそれ覚えてないでしょ?」その問いかけに、「やっちまった」というように彼は眉根を寄せる。「口走ったこと自体は覚えてませんが。その言葉、鵜呑みにしてくださって結構ですので」と彼は不敵に微笑む。
「そうなんだ。じゃあ、名前がお嫁さんだったらいいのに…っていうのも本気にしていいんだ?」
「えぇ、勿論。本気で嫁にきてほしいですから」
「ねぇ、この体勢やめない?」と照れ隠しに身動ぎするが、彼は離してくれるわけもなく。「せっかくの機会なのに。何もしないなんて勿体ないことしませんよ」と唇が重ねられ、舌と舌が絡められる。唐突な口付けなのに拒もうとも思わず、むしろ嬉しいとすら感じてしまう自分はなんて単純な女なのだろう。と彼女は嘲笑したくなった。「病み上がりですし今日は手を出さないでおきますが。俺に迫られてそんなに真っ赤になってるなら、期待してもいいですよね?」起き上がった彼女を抱き竦めたまま彼はそう告げるが、言ってることとやってること矛盾してない?と思わされざるを得なかった。なんせ、胸を触られた上に、今度は深いキスまでされたのだから…。「まだ熱がある時に、胸触られたんだけど…覚えてないよね?」
「覚えていないなんて勿体な…いや、熱があったとはいえ申し訳ございません。責任を取って結婚します」
「本音が見え隠れしてますけど…」
END