七種茨短編
漣ジュン
名前
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―「私の親と同い歳くらいなのに、こんなにかっこいいなんて狡いよね…」
EdenのプロデューサーでありながらLilithのプロデュースもしている彼女、名前の何気ない台詞にクラスメイトである漣ジュンは、もやもやとさせられていた。確かに、同性の自分から見ても氷鷹誠矢はかっこいいと思うが、如何せん彼はtrickstarの氷鷹北斗の父親である。朝のホームルームが始まる前の時間。隣の席の名前は、雑誌を読みながら物憂げな溜め息を零していた。その雑誌に載っている人物こそ氷鷹誠矢である。Lilithの特集ページなので、そこには自分も日和も載っているのにも関わらず、彼女の眼中にはないようで。先程から同意を求められるように氷鷹誠矢の話題が持ち上げられている。「そんなに誠矢さんがいいなら、trickstarの氷鷹さんは名前の好みの顔なんじゃないすか?」面白くなさそうな口調で問いかけられた。ジュンの心境などお構い無しに、彼女は笑顔を滲ませる。「まぁ、ジュンくんよりはほっちゃんのほうがタイプかもね」と誠矢に影響を受けたのか、氷鷹北斗のことを「ほっちゃん」と呼んでいるようだ。こんな軽口を言い合うのはいつものことじゃないか。とジュンは自分に言い聞かせるが、鬱積する想いがあるのは事実だった。
―「名前ちゃんを将来、ほっちゃんのお嫁さんに…と思ってるんだけど、どうかな?」
Lilithのレッスンが終わった後、ふと聞こえてきたその声に反応したジュンは彼らのほうへ訝しげな視線を向けた。必要以上に距離が近く、仲睦まじげなふたりを見て彼は眉根を寄せていた。「名前を嫁に貰うなんてやめたほうがいいっすよ。夢ノ咲のプロデューサーと違って可愛げもないし…」本当はこんなことが言いたいわけじゃない。ただ単に、名前がほっちゃんのお嫁さんになることに満更でもなさそうな顔で口元を緩ませていたのが気に食わなかっただけだ。ジュンの一言に、彼女はムッとした表情になり、誠矢からは「ジュンくんがライバルか…。でも、僕は諦めるつもりはないよ。名前ちゃんはとてもいい子だし、可愛げがないなんてとんでもない」と反撃が。誠矢の言葉で、ジュンは自分が悪者にでもなったような感覚に陥った。名前も名前で「私はべつにジュンくんのとこにお嫁に行くわけじゃないし。氷鷹家に貰ってもらうからいいもんね」と半ば意地になっていた。ぽんぽんと、彼女の頭を撫でて帰っていく誠矢の行動はジュンに対する牽制のようで、あまりにもナチュラルなスキンシップに、何故自分はこんなにも悔しい気持ちになるのだろう。と二人きりになった部屋で、彼は彼女から視線を背けた。誠矢の前での名前の姿と、自分と話している時の名前とでは態度が異なるのは…やはり自分は彼女から嫌われているんじゃないか。そう思わせても仕方なかった。そんな考えを巡らせていた刹那、ソファーの上で水を飲みながら休憩している彼女と目が合い、彼は気まずそうに視線を逸らしてしまった。
「ジュンくん。そんなとこに突っ立ってないで、隣に座りなよ」
今日のレッスン、結構ハードにしたから疲れたでしょ?と笑いかけられ、どきりと胸が高鳴った彼は、先程自らがした発言を悔いた。可愛げがないなんて嘘だ。自分のことを嫌っていようとも、自然体の名前は可愛い。おずおずと、彼女の隣に座ると自分に密着してきたではないか。ジュンが離れようとすればジャージの袖を引っ張られ、妨害された。「夢ノ咲のプロデューサーと違って、名前は可愛げがないなぁ。って…ジュンくんに思われてても仕方ないよね」と自嘲的な呟きが聞こえた。不貞腐れたように唇を尖らせている。「気にしてんすか?俺に可愛げがないって言われたこと…」横に振り向くが、顔を俯かせたまま視線を合わせようともしてくれない。「俺のこと嫌ってるくせに、なんで引っ付いてくるんすか?」とずっと疑問に思っていたことを投げかければ、何言ってるの?と言わんばかりに顔を上げた彼女は告げる。「私、ジュンくんを嫌ってなんかないよ。ただ…ジュンくんは、私なんかお嫁に貰いたくないんだろうなって思ったら悲しくなっただけ」
「意味分かんないんすけど。だって…名前は氷鷹さんに貰われたいんでしょう?」
「いや。あれ誠矢さんが勝手に仰ってるだけだからね。氷鷹家にお嫁に行くなんて畏れ多いよ」
よく考えてみたら、名前とこんなにも距離が近いのは初めてなのではないか。ジュンはそう気付いた。自分も、誠矢さんのように彼女に触れてみたい。膨れていく好奇心に抗うのはやめた。
―「誠矢さんに頭撫でられてデレデレしてるくせに、俺相手には何とも思わないんすね」
背中に手を回してみたが、何ら焦っている様子も見せない名前は自分のことなど何とも思っていないのだろう。ジュンはそう考えたが、実の所、彼女は唐突な彼のスキンシップに緊張してしまい動けなくなっただけだった。離れたいのに離れたくない。と矛盾した思考が頭を埋め尽くす。首を傾ければ、丁度いい高さに彼の肩がある。そのまま彼の肩に頭を乗せて、恋人ごっこ…なんて思った彼女は、何をやっているんだろう。と虚無感に苛まれた。こんなことをしても、彼の眼中に自分はいないというのに…。こんなに傍にいるのに虚しい気持ちにしかならない。と、離れようとすればジュンから声がかけられた。「名前。漣家に嫁入りする気はありませんか?」と。
「え?可愛げのない名前を嫁に貰いたいの?」
好きな子には素直になれないが故に、憎まれ口を叩いてしまう。しかもそれを根に持たれている。少しいい雰囲気になっているとはいえ、心の距離は縮まらないものだ。と彼は心苦しくなった。自分の言葉の数々が、本心ではないと知ったら…名前はどんな反応をしてくれるのだろうか。その好奇心に突き動かされるまま彼は返答する。「可愛げがないなんて、嘘っすよ。名前がtrickstarの氷鷹さんに気があるみたいで嫌だったから。そんな、心にもないことを口走っただけで」後ろから回された彼の手が、彼女の頬に触れる。ふに、と効果音が聞こえそうな強さで人差し指が頬を押す。 「好きな人に相手にされないからって、誠矢さんの言葉を真に受けてたわけだけど。ジュンくんがそう言ってくれるなら…本気にしてもいいよね?」と彼女は口角を上げて微笑んだ。「ジュンくんが貰ってくれるんでしょ?」とあまりの進展の速度に瞳を瞬かせたジュンと、名前の視線が至近距離で絡まった。そんな状況で名前が問いかける。「そもそも、ジュンくんは私のこと恋愛的な意味で好きなの?」と。こんなに距離が近かったらキスだって出来るかも…と、邪なことを考えていれば、本当にそれが実現した。驚いて何も言えずにいると、彼は何食わぬ顔で「好きじゃなきゃこんなことしないっしょ」と、ぺろりと唇を舐めた。その姿が妙に色っぽくて視線が奪われる。「今のファーストキスなんだけど…」とは勿論言えるわけもなく。「ずっと…無謀な片想いをしているんだって思ってた」と苦し紛れに名前がジュンを睨んだ。それに対し、彼は愉快げに笑う。「俺にこんだけ焼きもち妬かせといて、それはないでしょう」と。
「ジュンくん、焼きもち妬いてたの?」
「誰かさんが誠矢さん相手にデレデレしてるせいでね」
「ごめん。ジュンくん」そう謝罪するよりも早く、顎を掬われた彼女の唇に再びジュンのそれが重ねられた。「謝罪の言葉はいらないんで、このまま俺の好きにさせてくださいね」と腕の中に閉じ込められ、首筋に唇が滑らされる。「ずっと…こうしたかったんすよ」と耳元で囁かれ抵抗する気すら起こらず。「今まで、素直になれなくてごめん」と、今度は名前のほうから口付けが落とされ、ふたつの影が重なりあった。
END