ネイビーブルー
名前
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―とある休日の朝…報道番組を見ながら、クロワッサンと温かい珈琲を飲んでいる時だった。有名人がジャンケンをするコーナーに現れた人物を見て、名前は思わず顔を顰めた。優雅な朝食の時間を過ごしていたというのに、とんだ横槍だ。その人物こそ、漣ジュンで。ふと、あの頃を思い出して切なくなった。成人してから、月日が流れるのは早いもので…ジュンと過ごした日々は全て夢だったんじゃないかとすら思わされる。アイドル漣ジュンは、一般人の自分からすれば遠い存在でしかない。無糖の珈琲がやけに苦く感じ、砂糖のスティックを一つさらさらと投入した。そもそも、聞いたことのある声がすると思ったのだ。もういっそ会いたくないと思っていたのに、目の前の彼は悪びれもなく笑っていて。
「偶然なわけないでしょ。確信犯に決まってる」
「そんな嫌そうな顔されると、結構傷付くんすけど」
隣の部屋に入居者が来るんだということは何となく分かっていたが、まさかそれが知人だとは予想出来るわけもなく。数年ぶりに再会したジュンは、とんだ歓迎をされて苦笑した。そう、偶然の再会ではない。わざとである。母親ずてに、名前が都内のマンションで一人暮らしをしていること、現在恋人もいないことを知ったジュンが行動に移すまでは早かった。「初めまして。隣に越してきた者です」と扉を開ける前に聞こえた声に、名前は心臓が跳ねた。扉を開ければ、嬉しそうな笑顔のジュンと目が合う。こうなってしまっては、もうかつてのように彼を避けるのは無理だったのである。
―「今日の夕飯なんすか〜?」
「何すかじゃないよ。当たり前のように上がり込んで来ないで」
「ほんと、つれない態度っすね。名前の手料理が美味しいのが悪いんでしょう?」
「自分だって料理出来るくせに…」
ジュンが隣に越してきてから一度手料理を振舞ったら、この有様だ。毎日のように夕飯を食べにくる。お高いスイーツ等の手土産を持ってくるものだから無下に出来なかったし、何よりも手料理を褒められたら悪い気はしなかった。しかし現在、いつもの和やかな雰囲気とは正反対の雰囲気に呑まれている。きっかけは、何気ない彼女の一言だった。「明日の夜、飲み会に誘われちゃって」と。嫌な予感しかしなかった彼の予想は見事に的中していた。「それって、合コンなんじゃないっすか?」と問えば、はぐらかそうとするので間違いないだろうと。飲み物を取ってこようと席を立った名前は、ジュンに抱きしめられて動けなくなった。部屋のテレビは着いたままで、静かな空間に懐かしいラブソングが響いている。「巡り逢えたのも、きっと偶然じゃないよ」なんて、本当だろうか。茫然自失してしまい、抵抗も出来ずにいる彼女の鼓膜を震わすのは切なげな声音のジュンの言葉で…。
「今度こそ捕まえましたよ。ずっと名前をこうしたかった…」
「ごめんね。本当は、会いたくなかったよ」
今まで全く恋愛経験がないわけじゃない。しかし、いつも心の何処かでジュンを想っている自分がいた。このまま、ジュンではない他の誰かと結婚して家庭を持って…とぼんやりとしたビジョンを描いていた昨日までが嘘のようだ。この恋を諦めなくていいのだろうか、彼の手を握ってしまってもいいのだろうか。と、躊躇う名前の頬には涙が伝う。「人の気も知らないで、合コン行こうとしてるし…」「ジュンくんへの想いを認めたくなかった。甘酸っぱい思い出だけで終わる筈だったのに…」と、微かに震える小さな唇には、ジュンのものが重ねられて。泣きたくなる感情とは裏腹に、舌を絡めた深い口付けに溶けてしまいそうで。後頭部を支えられた名前は、ジュンの首筋に腕を回した。
「私…ジュンくんのものになってもいいの?」
「この期に及んで何言ってんすか。名前が不安なら、見える所にキスマークでも付けますけど?」
「ジュンくん、意外と意地悪だね」
END
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