ネイビーブルー
名前
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―日和とのデートは、そもそもデートだという自覚もなければ親しい間柄でもない相手だった為、名前の心構えは丸っきり違っていたのである。しかし、今回は幼馴染みのジュンとのデートだ。日和の時も思ったが、人気アイドルが変装もなしに一般人とデートして大丈夫なのだろうかと、駅前で待ち合わせたジュンの姿を見て悩まされた。キャップと伊達眼鏡を付けたところで、変装になっていないような気もするが深く考えない事にした。ジュンの隣を歩くのに相応しい女の子になりたいと、名前はいつものカジュアルな服装ではなく、女の子らしい巻き髪と清楚な服装をしていた。印象が違いすぎたせいか、ジュンの名前を呼んで駆け寄ってきた名前を、彼は二度見していた。「いつもと雰囲気違うから、誰かと思ったじゃないっすか」と目を瞬かせているジュンに、思わず不安に駆られた彼女は問いかける。
「こういう女の子らしい服装似合ってないよね?自分でも薄々気付いてたんだけど…」
「そんなこと一言も言ってないんすけど。むしろ凄く似合ってるし」
お世辞だとしても嬉しかった。「ありがとう」とお礼を伝えた名前は手を握られ、困惑しながらも歩き出した。「なんで手繋ぐの?とか言うのはなしっすよ。おひいさんとだって手繋いでたくせに」と、ジュンは繋いだ手をぎゅっと握った。「今をときめく、Edenの漣ジュンがパパラッチされでもしたら大変でしょ?自覚ある?」と決して雰囲気に呑まれるわけでもなく体裁を気にする彼女は、むしろ心に限界がきている故にどうしたらジュンがこの手を離してくれるだろうかと考えたのだ。嬉しくないわけではない。手袋越しに重なっているだけでも、気が引けてしまうのだ。それに、彼に恋愛感情を抱いたって痛い目をみるだけだ。そんな未来を自分から選ぶのは愚かなのではないかと、消極的にならざるを得なかった。だからといって、本日のデートが楽しみじゃなかったといえば嘘になる。人目を避けるようにふたりは映画館の中に入った。
「初デートで映画館はあまりよくないって聞きますけどねぇ」
「お互いに観たい映画が一致したんだもん。そういうの気にしないよ」
映画に夢中になって会話を交わせなくなるからデートで映画を選ぶべきではない。と聞いたことはある。しかし、ジュンとデートできるなら何処でもよかったし、会話が途切れるようなこともなかった。人目に触れない場所を選んだから、もう安心かと思いきや、ジュンは中々手を離してくれず。だが、自分から離すのも勿体ない気がした彼女はそのままチケットを購入した。「女子が観たがるような恋愛映画じゃなくていいんすか?」と何度も彼に問われたが、名前はジュンに合わせているわけじゃなく、本当に観たい映画がアクション映画だっただけだ。「好きな俳優さんも出てるし何も問題ない」とジュンを納得させた。ドリンクを購入してからシネマの中に入っていく。指定された席に座ると、やけに距離が近いような気分になったがカップルシートではなく普通の席である。
―「ジュンくんは女慣れしてる感じがあるよね」
日和とデートしていた日の彼らを見て、日和があれだけスキンシップ旺盛ならば幼馴染みの自分ももう少し距離感を近くしてもいいのでは?と考えたのだが、どうやらそれは逆効果だったようだ。名前からは遊んでる男だという印象を持たれてしまったらしい。映画館でも、何気なく手を重ねたり、カフェにいる現在でも「一口食べます?」と生クリームの乗ったワッフルを食べさせてあげた途端に名前が訝しげに呟いたのだ。まるでジュンのことを警戒しているような視線は居心地が悪かった。誤解を解こうと言葉を重ねる彼の言動に、名前の顔には笑顔が浮かんだ。ジュンは意外としょうもない焼きもちを妬いていたんだな、と。
「やけにスキンシップ激しいなと思ったけど。巴さん、あの性格だから仕方ないと思って…」
「まぁ、俺としては名前とベタベタしてんの見せられて面白くないんすよ」
「だから対抗して、今日はスキンシップ多めなの?」
「そうっすね。女慣れしてる?なんて勘違いされて逆効果でしたよ」
「ごめんごめん。そんな事思ってたとは予想してなくて…」
隣に座った彼がフォークを握る名前の手に手を重ね、そのままフォークに刺さったガトーショコラを口にした。カップルでもないのに、関節キス。そんな些細なことで気を揉んでいるのは馬鹿げているだろうか。という思考も、至近距離で幸せそうな表情を見せられたら言葉にするのは躊躇われた。そんな時、ジュンに問われた。「今、何考えてます?」と。「ジュンくん、美味しそうに食べるなぁって考えてた」と咄嗟に答えるも彼女の返答は彼の望んでいたものではなかった。「こんな、カップルみたいなことして緊張してんの、俺だけなんすね」と自嘲的に呟いたジュンは珈琲を一口飲んで遠い目をしていた。心を落ち着かせる為に飲んだ紅茶も、無意味だった。女慣れしているであろうジュンが、自分なんかを相手に緊張しているなんて信じられなかったのだ。
「そんな疑わしげな瞳して。ほんと信じてないんすね」
「昔からモテモテだったジュンくんが、私とデートしてくれてるなんて夢みたいだと思ってるよ」
高校二年生だったあの頃を思い返して、感慨深く溜め息をついた。あの時、彼女を繋ぎ止めておかなかったのを後悔していないわけじゃない。しかし…その先の関係を望むことは、きっとあの頃の自分にとっても、名前にとっても、良い選択肢ではなかった。と、自分の選択は間違っていなかったのだと大人になった現在では確信していた。自分だけを見つめる真っ直ぐな眼差し、ぷっくりとした桜色の唇…今でも鮮明に思い出せる彼女の面影。もう一度会いたい。と考え…どうせ、今会っても名前には恋人がいるに決まっている。と、勝手に想像しては項垂れた。一人きりの部屋はやけに肌寒く感じられた。
……To be continued
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