ネイビーブルー
名前
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―「試しに一回でいいから、来てくれません?」
そう言われ手渡されたのはEveのライブチケットで。自宅に来られては逃げ場がなかった。ジュンは名前が自分のことを避けていると分かっているので、わざと自宅に訪ねてきたのだろう。Eveのことは知っている。もとからアイドルにさほど興味はなく、ジュンの存在を遠く感じる故に、テレビ番組に彼らが出演していても観ることはなかった。母と一緒にテレビを観ている時にチャンネルを変えると「ジュンくんが出てるのにどうして観ないのよ」と文句を言われる有様だ。「来月の二週目の日曜日。空いてますか?」と問われ、「今のところ予定はない」と答えた自分はなんて愚かなんだろうか。と、名前は猛烈に後悔していた。「じゃあ、決定っすね」と嬉々とした笑顔を見せられては断れなかった。母に促され名前の部屋にて二人きりになった。
「名前の部屋、入れてもらうの初めてっすね」
「なに?ちょっと散らかってるなって言いたい?」
「片付いてるじゃないっすか。いや…アイドルのポスターとか飾ってあったらどうしようかと思っただけで…」
「アイドルに興味がないんだから、そんなのあるわけないでしょ?」とコップに入った緑茶を一口飲んで、ジュンを一瞥した名前に、彼はずいっと距離を詰めた。その言い方じゃ、自分にも興味がない。と言われているようなものだ。何だか、かなりショックを受けた。だからこそ名前に意識してもらいたかったのだ。「俺にも興味がない。って言いたいんすか?何気に酷いっすよねぇ」と彼女と視線を合わせ、意地の悪い問いかけをする。ガラスのコップの中で、溶けかけている氷がカランと音を立てた。
「興味が無いわけじゃないよ。ただ…ジュンくんのこと、遠い人だなって実感させられるのが嫌なだけ…」
「遠くなんてないっすよ。ほら、こんなに身近な存在でしょう?」
じゃれているだけ。そう分かっていても、腕の中に閉じ込められ、密着されて彼女は抵抗も出来ずに固まった。肩に顔を埋められ、ジュンの体温を直に感じる。「実際の距離の問題じゃないよ。からかってるでしょ?」と身動ぎするその態度は、ただの照れ隠しだった。本気で嫌がっているなら、もっと抵抗する筈だ。口では悪態をついていても行動に示されてはいない。「名前って小さいし、細いんすね。小動物みたい」と女の子らしい体型を、実際腕に抱いてみたら実感した彼は恥ずかしげもなくそんな台詞を口にした。対して、名前は心に限界がきていた為、「いい加減離れてよ」とジュンの腕を無理矢理解いて脱出した。
―そして現在…すんなりとチケットを受け取ってしまったのを悔やんでいた。自分はなんて場違いなところに来てしまったのだろうか。と大勢のEveのファンに囲まれた状態で周りを見渡す。ジュンのファンがこんなにいるんだと確信させられて、何だか虚しくなった。Eveのふたりが歌っているのを、アイドルとしての漣ジュンを、客席から眺めるのは今日が初めてだった。やはり、彼の存在を遠く感じさせられた。キラキラと輝く姿はいつも以上にかっこよく映る。曲は「trap for you」で、ジュンが随分と色っぽい歌い方をしている。気付けば、瞳を逸らせなくなっていた。ファンサービスの一つなのか、こちらに視線を向けるジュンと一瞬だけ視線が重なった。周りはザワついているが、その視線は間違いなく名前だけを見つめていたのだ。アイドルに興味なんてなかった筈なのに、ライブが終われば、すっかりEveに魅了されてしまった自分がいて…。ぽーっとしながら歩いていく名前の腕が掴まれた。彼女を捕らえたのは色白な手で、ジュンのものではないことは明らかだった。明るい声が聞こえたと思えば、その人物の顔が視界に飛び込んできた。先程まで、ジュンと一緒にステージに立っていた、Eveの片割れの巴日和だった。
「ジュンくんの幼馴染みって君のことだよね!まぁ、話を聞いた感じじゃ…ジュンくんの片想いだと思うけどね!」
「あの…どうして巴さんがここに?ファンの方に見つかったら大変ですよ?」
日和の登場に驚かされ、彼の言葉の大半は聞き流してしまった。その間に人目につかない一室に連れ込まれた彼女に、日和が眩い笑顔を見せる。「ジュンくんの好きな子はどんな子なのか見てみたかったから、ジュンくんには内緒で君を引き止めただけだね!」と、あまりにも自己中心的な行動に彼女は呆気に取られていた。ジュンに助けに来てほしいような、そうでもないような…と複雑な思いを巡らせながら、目の前の人物を見つめる。好奇心に溢れた瞳が子供のようにキラキラしている。話を要約すると、日和は興味本位で名前を捕まえただけに過ぎなかったのだ。ジュンとはまた違うタイプの美形に迫られ、為す術もなく彼の質問に答えていく。
「君はジュンくんのファンじゃないの?」
「えぇ。ジュンくんとは幼馴染みって関係なだけです」
日和がそんな事を根掘り葉掘り訊いていた刹那、荒々しく開かれた扉から現れたジュンの声が響いた。「おひいさん!なんで名前と一緒にいるんすか?」と。悪びれもなく笑う日和は「名前ちゃんがぼくのファンになったからに決まってるね!」と、ジュンを挑発しているとしか思えない発言に「はぁ?そんなわけないでしょう。名前がめちゃくちゃ困った顔してるし」とジュンは嫉妬するというよりも呆れていた。名前に歩み寄り、「おひいさんが突然すみませんねぇ」と手を引くジュンに外に連れ出された。そして、確認するように問われた。「本当におひいさんのファンになったわけじゃないんすよね?」と。
「じゃあ、ジュンくんのファンってことで」
「そんな投げやりに言われても…」
……To be continued