ネイビーブルー
名前
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―「なんでジュンくんがここに…?」
時計の針は21時を指している。そんなバイト終わりに、帰ろうと歩き出した名前の前に立ちはだかったのは、中学を卒業して以来一度も会っていなかった幼馴染みの漣ジュンで。彼とは随分連絡を取っておらず、ファミレスでバイトしているということも伝えていない筈だった。しかし、名前のバイトが終わる時間を予め知っていたように彼は現れた。もしやと思い、問いかけると予想通りの返答が返ってきた。「名前が遅くまでここでバイトしてるって、あんたの母親から聞いたんすよ」と。「だからって、わざわざ迎えに来てくれなくてもいい」とぶっきらぼうな言動は、アイドルであるジュン相手にどう接したらいいのか分からないが故のものだった。だが、ジュンとしては拒まれるわけにもいかず、名前の持っている鞄を取り上げ隣を歩く。「世の中物騒なんすから、夜中の独り歩きなんてもってのほかっすよ」と、女子としての自覚が足りない彼女に説教するかのようにジュンが言及する。通い慣れたいつもの道も、夜闇に染まった現在は不気味に感じられた。道を横切った黒い物体に驚き、咄嗟にジュンの服の裾を掴んでしまった名前は両方の要因でドキドキと胸が早鐘を打っていた。
「猫がいただけっすよ。そんなに怖がって…。名前も可愛いとこあるんすね」
「もう…からかわないでよ。ジュンくんのばか」
気付いた時には手首を捕まれていた。ジュンの服の裾を握ったのは自分からなので、自業自得といえばそうなのかもしれない。しかし、一向に手を離してくれない。嫌がる素振りを見せれば、彼は離してくれるかと思ったが予想が大きく外れた。「家に送り届けるまで離さないっすから、無駄な抵抗はやめてくださいよぉ」と釘を刺されてしまった。中学時代から避け続けている幼馴染みは、自分に対して変に過保護な一面がある。と名前は呆れたが、むしろ呆れたいのはジュンのほうだった。「私みたいな可愛くない女子は、不審者から狙われたりしないよ」と言う彼女は自分に自信がないのだろうか。否、ただ単に自覚がないのだろう。彼女の手を握り直して、ジュンは告げる。「名前は可愛い女子に分類されると思うんすけどねぇ。それに、無防備すぎて危うい部分もあるし心配なんすよ」と。
―「アイドルであるジュンくんに守ってもらうわけにはいかないよ」
「ほんとに、あぁ言えばこう言うんだから。名前は黙って守られてればいいんすよ」
後ろからライトで照らされ、車道側を歩いてくれている彼の手を引っ張ると、肩を抱かれ密着した体勢になった。すぐ横を自転車が通り過ぎていく。急にジュンに抱かれて固まった名前の反応に、ジュンは確信を得た。「これくらいで緊張してるなんて、もしかして彼氏いないんじゃないっすか?」と軽くからかってみれば、彼女はムスッとした表情になってしまった。今のときめきを返せと言わんばかりに彼を睨む。「ジュンくんは失礼だなぁ…。私にだって彼氏いるもん」と、予想外の言葉にジュンは面食らったと同時にショックを受けた。そんな会話をしていると名前の自宅に到着し、ジュンの手が離れていく。恋人がいる相手に近付きすぎだったかと後悔したのも束の間。「さっきの話、信じてるの?私に恋人がいるわけないじゃん」と愉快げに彼女は笑っている。「こっちの気も知らないで、嘘言うのやめてくださいねぇ」と腕に捕らえられ、顎を掬われた彼女は強制的に彼と視線を合わされた。
「いないならいないって言えばいいのに…」
「彼女が複数人いそうなジュンくんには分からないよ。それに、私だって見栄張りたかったんだもん」
「全く…。俺にどんな印象持ってるんすか?結構傷付くんすけど」
どんなに憎まれ口を叩こうとも、腕の中から開放してくれることはなく。じっと瞳を見つめられ、視線が逸らせなくなった。中学時代よりもかっこよくなったジュン。幼馴染みの彼の腕の中がこんなにも居心地がいいだなんて知りたくなかった。「傷付いた」と言っているが、名前からすればそうは見えなかった。家に送り届けたにも関わらず、去っていくわけではなく居座る理由は一つ。ジュンは名前から離れたくなかったのだ。久しぶりに会った彼女は自分の知っている姿よりも魅力的になっていた。これならば男に言い寄られていてもおかしくない。そう推測したと同時に醜い嫉妬心が現れ始めた。「アイドルなんだから、女の子からモテモテなんでしょ?彼女くらいいるんでしょ?」と、その問いかけはジュンの心を抉るものばかりだった。「俺は、自分から好きになった相手以外とは付き合わないっすよ。遊んでるイメージ持つのやめてほしいんすけど」と、名前って本当に鈍感だなぁと感じながら、ジュンは名前を抱いていた腕を解いた。
―「なんで今日もいるの?忙しいの分かってるから、来ないでよ」
「そんなの、俺の勝手でしょう?」
あの日の夜から、ジュンは毎晩のようにバイト先に出向いてくれるようになった。嬉しいのに、お礼を伝えるよりも悪態をついてしまう。丁度、季節の変わり目…服装にも困るような時期だった。アウターもなく、ニット一枚で店の外に出た名前が身を震わせると、肩にジャケットがかけられた。彼女には大きいそれは、ジュンが着ていたもので。返そうと声をかけるが、手を引いて歩き出したジュンは聞き入れてくれず。「ありがとう」と呟いた名前は、ジャケットに残るジュンの温もりを感じていた。しかし、彼の優しさを実感すると同時に切なさに胸を締め付けられる。夜の冷えた風が頬を撫で、虚しい気持ちが増幅した。月明かりに照らされた彼の横顔を盗み見ては視線を逸らす。一瞬でも目が合っただけで、この場から逃げ出してしまいたくなった。だが、繋がれたジュンの手は解けなかった。いや、正確には離したくなかったのだ。この時間がずっと続けばいいのに。なんて、願ってしまったのだから…。
……To be continued