ネイビーブルー
名前
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―とある中学校の一室での出来事。名前は、自分に英和辞書を借してくれと頼んでいる彼を一瞥し、心の中でやれやれと項垂れた。眩い笑顔で彼女に話しかけてきたのは、幼馴染みの漣ジュンである。元アイドルの息子とあって顔も整っており、女子から人気が高いジュンと親しい間柄である事を隠していたい名前にとって、ジュンのこの行動はタブーでしかなかった。クラスが違う為、普段喋る機会もない。だからこそ、久々に会話が出来て嬉しい彼とは違い、彼女は不機嫌そうに眉根を寄せている。「なんで私のとこにくるかなぁ…」と不満をボヤきつつも辞書を手渡してジュンと視線を合わせる。相変わらずかっこいい。暫く会わないうちに身長が伸びたのでは?と早鐘を打つ胸に手を当てて、ぶっきらぼうに名前が忠告した。「早く戻ったほうがいいよ」と。「ほらみろ」と言いたげな表情で、彼女はジュンから視線を逸らした。甘ったるい声をかけながら近寄ってきた同じクラスの女子生徒は、ジュンに気があるに違いない。
「辞書なら、私のを貸してあげるよ」
「いや。もう間に合ってるんで、結構っす」
名前と喋ってたのに、邪魔するなよ。とジュンは人知れず奥歯を噛み締めていた。「漣くん」と、幼馴染みなのにも関わらず名前で呼んでくれなくなったことを彼は相当気にしていた。もっと話したいと思ったが、名前の素っ気ない対応に諦めるしかなかった彼は「また後で返しにきますんで」と一言告げて教室から立ち去った。その後…案の定、名前はジュンとの関係を問いただされていたのだが、当の本人は知る由もない。「名前ちゃんはジュンくんのなんなの?仲良いの?」とクラスの中心人物である女子に問われ、名前はピシィっと固まっていた。幼馴染みという単語は、恋愛漫画にもよくある設定なだけに誤解を産みかねない。そう考えた故に、苦笑しながら答える。「漣くんとは、去年同じクラスだっただけだよ」と。「席が隣だったこともあるし、ただそれだけの仲で…」と全く興味ありませんというような態度で、はぐらかすことに成功した。「ふーん。それならいいけど」とその女子は席に戻っていく。恋愛絡みの嫉妬でドロドロとしているのが女子の嫌なところだと再認識させられた彼女は 深い溜め息を零した。ジュンから返ってきた英和辞典には、メモ帳サイズの付箋がついており、その文面は名前の心を乱す内容でしかなかった。
「ジュンくんのばか」
『話したい事があるんで、一緒に帰りましょう』と記されていたが、ジュンは何を考えているんだ。と名前は顔を顰めていた。何故なら、彼とは家が近いわけではなく、むしろ反対方向だからだ。一方のジュンは、昇降口付近に名前の姿を見つけ、本当に待っていてくれるとは確信していなかった為、気分を高揚させたが、それも束の間だった。ジュンの姿を視界に入れると同時に、ジュンに近寄る一つの影に気付いた彼女はその場から走り出したのである。背を向け、振り向くことなく帰路に着く。ジュンには悪いと思っているが、人気者のジュンが地味な自分と仲良くしているとバレたら何かと都合が悪い。こうするしかなかった。そう自分自身に言い聞かせるが、脳裏を過ぎるのは、先程、目が合った瞬間に嬉しそうに緩んでいた彼の表情だった。思い出すと胸が締め付けられる。
「ジュンくんのアドレス知らないしなぁ…」
メールで謝るか。とスマホの画面を弄るが、連絡先の欄に漣ジュンの文字はない。携帯番号も、勿論メールアドレスだって知らないわけだ。誰もいない部屋には彼女の溜め息が聞こえ、電気すら付けていない部屋は暗いままだ。ベッドの上の枕に突っ伏して足をばたつかせる。ごろんと寝転がると涙が頬を伝っていく。大勢の女子からモテるジュンが、何故こんなにも地味な自分に構うのか。お陰で、私の平和な日常が崩壊寸前じゃないか。と彼女は拳を握り締めた。暗かった部屋に明かりが灯されたと思いきや、母が受話器片手に名前を呼んでいる。「ジュンくんから電話」と。強制的に手渡された受話器を、泣き濡れたままの酷い顔で受け取る。ボタンを押して耳に当てると「なんで泣いてるんすか」と開口一番に。鼓膜を震わす優しい声を聞いただけで、胸の奥が苦しくなった。
……To be continued
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