隣人シリーズ
名前
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―「真緒くんってお人好しだなぁ…」
薄暗い部屋には、名前の独り言が響く。真緒くんというのは、このマンションで隣に住んでいる、アイドル衣更真緒のことである。ことは数時間前に遡る。通勤のついでにゴミ捨てに寄れば、そこで出会ったのは彼で。挨拶も程々に、「名前。なんか、顔色悪くないか?」と彼の顔が近付けられ、びくりとしたものだ。「気のせいじゃないかな?」と逃げようとする名前は手首を掴まれ、足を止めるしかなくなった。「念の為、確認するな」と額に彼の手が重ねられた。そして、眉を顰めた彼が「やっぱり…」と呟く。「今日は自宅療養すべきだな」と名前に熱があると気付いた真緒に強制送還され、ベッド上で動けない現状に至る。只今、その彼は買い出しに行ってくれている。さて…冒頭の台詞に戻るが、真緒と名前は付き合ってるわけでも何でもなく、ただ隣人として親しくしているだけなのだ。それなのに、看病なんかさせていいのだろうか。と彼女は現在悩んでいた。
「食欲がないっていうから、りんごとかゼリー買ってきたし。薬もあるからな」
「真緒くん。何から何までごめんね。今日、お休みなんでしょ?私のことはもういいからさ…」
今まで只の隣人としてしか見ていなかった彼のことを好きになってしまいそうで怖かった。アイドル衣更真緒に惚れたところで惨めな想いをすることは目に見えていた。真緒に迷惑だからという理由もあるが、本音にはそういった繊細な女心も隠れていたのである。しかし、相手は世話焼きな性分が染み付いている衣更真緒だ。名前の発言に従う素振りもなく、キッチンに立った彼はりんごの皮を剥き始めた。手馴れた様子でカットされたそれがお皿に乗せられ、彼女の前に運ばれてきた。朝食も食べていないと答えていた名前に薬を飲ませるには、何か腹に入れておかないと良くないだろう事は明らかだった。「ほら、名前。口開けろ」とフォークに刺さったりんごが彼女の口元に持ってこられる。つまり、アイドルに「あーん」されているわけだ。だが、熱で頭が上手く働かない。名前は深く考えることを放棄した。今日だけは仕方ない。と腹を括って、彼の厚意を甘んじて受け入れることにしたのだ。熱を測ってみると、38度を越えていた。思考が追いついてこないのも納得がいく。
「あ!なに平然と着替えようとしてんだよ。俺がいること忘れてない?」
一眠りして汗ばんだ服を着替えようと腹部辺りまで脱ぎかけたところで焦燥した真緒が声をあげた。彼がいることを忘れていたわけではない筈だ。いつもの癖のようなものだろう。「俺は後ろ向いてるからな」と背を向けてくれた彼の背後で新しい寝間着に着替えた名前が笑みを浮かべながら真緒をからかう。「アイドルなのに、生着替えくらいで慌てちゃって可愛いね」と。熱がある時の名前は少し厄介だと感じていた。いつもなら、こんな風にからかわれたりしない。「アイドルなのに、とか関係ないだろ」と反論するが彼女から更なる追い打ちがかけられた。「彼女とかいるんじゃないの?他の女の看病なんてしていいの?」と。どうも名前は男性アイドル=女性にだらしないというイメージを抱いているようだ。
「俺にはそういう相手もいないから、心配すんな」
「そうなの?じゃあ、添い寝してもらおうかな…」
「…って、名前!引きずり込もうとすんな。これはさすがにまずい…」
―そんな出来事のあった数日後。偶然彼と出くわしたことにより、修羅場的展開に陥っていた。こちらを睨むように見据えてくる彼の名は朔間凛月。言わずと知れた真緒の幼馴染みである。「誰、その女」と嫌悪感を示され、「ま〜くん。俺というものがありながら、浮気するなんて…」と超絶不機嫌になった凛月の前に真緒だけを残し、名前は走って逃げた。この前のお礼と称して食事をご馳走すると約束していたのだが、思いがけぬ恋敵の出現により、何だかどうでもよくなってしまったのである。
「真緒くん。そういう趣味だったんだね。男性とはいえ…綺麗な顔してたもんね」
「誤解しないでくれよ。アイツは只の幼馴染みで…」
蔑んだ視線で真緒を見つめる名前の誤解が解けるのはいつになるのやら。せっかく距離が縮まったかと思ったが、彼らの恋はまた振り出しに戻された。
END