隣人シリーズ
名前
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―「こんな時間に何か用か?」
「敬人くん顔怖…」
時刻は既に22時を過ぎていた。こんな時間に来訪者か。と、アパートの一室に住む蓮巳敬人は顔を顰め、眉間には皺が寄っていた。扉を開けてみれば、隣人の名前が…。夜も深まった時間帯に、男の部屋に来るとは何を考えているんだ。度し難いと思った彼の台詞が冒頭のものである。涙の膜が張ったように潤んだ眼差しは、自分の対応に怯えているのか。と彼は考えたが、それは全くの見当違いだった。「名前か。要件はなんだ?」と問いかけるよりも先に、名前の手が敬人の服の裾を掴んでいた。突然何事だ?と狼狽える彼は、その発言を聞いて呆れさせられた。「今ね、夏の定番超怖い話って番組を見てね…部屋に一人で居たらすごい怖くなってきちゃって…」
「それで俺のところに来たというわけか。怖いならそんな番組見なければいいだろう」
藁をもすがる思いで彼を頼りにきたというのに「度し難い」の一言で心が折れそうになった。しかし、怖いものは怖いのである。怖いもの見たさで、ちょっとだけ覗いてみようと番組をつけていたが、一人暮らしを始めてから一人で怖い番組を視聴したのは初めてで見終わった途端に冷や汗が止まらない。「こういう時に寺の息子は強いって聞いたので!」と、彼女の発言に敬人は驚かされた。実家が寺だなんていう話をした覚えがないからだ。玄関先で押し問答をしているわけにもいかず、少しだけなら問題ないだろうと彼女を部屋にあげ、シンプルなソファーの上で隣に座った彼は訝しげに問う。「貴様、何故俺の実家が寺だと知っている?」と。しかし彼女は質問に答えず、「敬人くん本当に貴様とか言うんだ」と楽しげに笑った。実を言うと、敬人の隣人名前は大の紅月ファンであり、推しは敬人だったりする。勿論そんな事を知られるわけにもいかず、今まで隠し通していたのだが、その一言は明らかな失言だった。
「紅月のインタビュー記事で読んだからで…べつに敬人くんの大ファンとかじゃないから安心して」
怖さと勢いに任せて来てしまったが、蓮巳敬人宅に二人きりという状況に混乱すると同時にどうしようもない高揚感に包まれていた。いかにもインテリ男子の部屋という見た目の敬人の部屋は彼のイメージにぴったりだった。ずっと掴んでいた彼の服の裾から手を離し、密かに深呼吸してから話を進める。「少しは落ち着いたか?」と敬人が微笑む。「敬人くんがお経唱えてくれたら落ち着くかも」と、半分本気でリクエストしてみれば、「物好きな奴だな」と言われたが彼は律儀に応えてくれた。これならもう大丈夫だろうと、名前を帰そうとしたが、そうはいかなかった。窓の外がピカっと光り、大きな雷鳴が鳴り響いた。ドーンと音が聞こえたと思えば、部屋の電気が消えてしまった。懐中電灯は何処にしまったかと手探りで移動する彼だが、名前が腰に抱きついたことにより、思考が停止した。
「貴様、離さんか。懐中電灯が探せないだろう」
懐中電灯が見つかり、名前が渋々離れるが、電気がいつ復活するか分からない状況に不安に陥った彼女のとんでもない発言に敬人は怒る気にもなれなかった。「電気が着くまでここに居てもいい?」と。懐中電灯もないし、真っ暗な部屋に戻るなんて無理だと言うが、所詮隣の部屋なのでそこまで同行すれば問題ないという結論に収まった。敬人の服の裾を握りながら、部屋へと戻る彼女だが、肝心な事に気付いた時には手遅れだった。部屋の中を懐中電灯で照らした彼が目にしたもの。それは紅月の衣装姿の自らのポスターだったのだ。あたふたとした様子で「この事は忘れて!見なかったことにして!」と必死な彼女だが、彼は先程の名前の台詞を思い出して口元に笑みが滲んでいた。
「見なかったことになんて出来るか」
「うぅ…。敬人くん、ごめんなさい」
「何故謝る?俺は名前を説教する気はない…」
END