隣人シリーズ
名前
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―マンションのベランダで、カクテル缶チューハイを片手に名前は呟く。「ストレス社会だ…」と。定時で帰れず残業して家に帰ってきた彼女は飲みたい気分になっており、ヤケ酒の如くそれを煽っていた。しかし…そんな彼女の独り言を聞いていた人物がいた。「ストレス溜まってんすか?」と声をかけたのは、隣の部屋に住んでいる漣ジュンだ。その声に肩をびくりと震わせ、彼の方へ振り向く。職場の近くのマンションに引っ越してみたら、隣人がアイドルの漣ジュンだった。20代半ばで同世代ということを知って以来、こうして他愛のない会話を交わすことが多くなった。現在、恋人もおらず、同じ部署には若い男性社員がいない彼女にとって、ジュンとどう接したらいいのか分からず、いつも愛想笑いで乗り切ってしまうのだ。相手は人気アイドルグループEdenの一員だ。相変わらず顔がいい。ベランダの隙間から顔を合わせると、彼は笑顔を浮かべていた。
「漣くんに社畜の気持ちは分からないだろうね」
「その呼び方、余所余所しいんすよ。ジュンでいいって前にも言ったのに…」
「そっちだって名前さんて呼んでくるんだから、他人行儀なのはお互い様でしょ?」
同世代と言えども、名前のほうが一つ歳上だったのだ。「名前さんのほうが歳上なんだから当たり前のことっすよね?」と呼び捨てで呼べるわけがないとジュンは呆れ顔になった。「ジュンくん、酔っ払いの相手なんてしてていいの?」と、からかうように問いかけて彼女は悪戯っぽく微笑む。わざわざベランダに出て、自分の愚痴を聞いてくれなくてもいいだろうに…と名前はジュンの考えていることがさっぱり理解出来なかった。男性アイドルなんだから自宅に女の子を連れ込んでいるのなんかしょっちゅうだろうと思っていたのに、隣の彼が女性連れで部屋に入っていくところなんて見たことがない。「俺、名前さんと喋るの好きなんすよ」と手を伸ばせば触れられる距離に彼が迫り、彼女は予想外の台詞に困惑した。
「最近帰りが遅いな。って心配してたんで、今日は会えて良かったっす」
「仕事が立て込んでたからね。心配してくれてありがとう 」
かっこいいな、好きだな。と思う気持ちを否定するように名前が酒を飲み干す。何だか気まずくなり、咄嗟に話題を変える彼女は部屋に戻り、袋を片手にベランダに戻ってきた。「仕事頑張ったご褒美にEdenのアルバム買っちゃった」と、それを彼に見せて照れ笑いを浮かべる。「アルバム、買ってくれてありがとうございます」とお礼を告げるが、彼の言葉はまだ続いた。「お仕事頑張ったご褒美に、俺と甘い物でも食べに行きません?」と彼からまさかのお誘いが…。「勿論、予定があるなら無理強いしませんよぉ」とジュンは体裁悪そうに呟くが、こんなチャンスをみすみす逃せるかと彼女は密かに気分が高揚していた。「予定ないし大丈夫。ジュンくんがいいなら、甘い物食べに行きたいな」と返事をしてその約束は翌日に決まった。だがしかし、名前には気がかりなことがあった。「彼女とデートで行けばいいのに。私と行く必要あるの?」と、ジュンに恋人がいないわけがないと名前は疑わずにはいられなかった。
「俺、遊んでる男だと思われてるんすか?」
「だって、アイドルなんだから選びたい放題でしょ?」
「嫌な偏見持ってるんすね。俺には恋人もいませんし、デートするなら名前さんがいいなって…、」
思わず口を滑らせてしまったのか、ジュンは「今の台詞忘れてください」と焦ったようにそう告げる。対する名前は「忘れてなんかやらないよ」と笑う。それよりもジュンが言った内容のほうが衝撃的だった。「私みたいなのとデートしたいなんて、ジュンくん趣味悪いんじゃない?」と言うだけ言って部屋に入っていこうとする彼女の髪が、伸ばされた彼の手によってくしゃくしゃに乱された。「趣味悪くて結構なんで、明日の約束忘れないでくださいねぇ」と言及して彼も部屋に戻った。ついにデートに誘ってしまったと、ジュンは嬉しくも悩ましげに息をついた。ほぼ同時刻に、彼女がにやにやと頬を緩ませていたとは知る由もない。
END