隣人シリーズ
名前
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―そもそも、第一印象から良くなかった。引越しの挨拶に赴けば、「隣に名前ちゃんみたいな可愛い子が越してきたなんてラッキーだなぁ」と、隣人の羽風薫は見かけも言動も軟派なのがよく分かった。軽薄な男性を苦手としており、そもそもアイドルに興味がないだけに彼が芸能人だということも知らなかったのだ。そんなある時、何となしにテレビのチャンネルを変えると歌番組に出演しているのは隣に住む彼ではないか。と、ここで漸く彼女は自分がアイドルと知り合ってしまった事実に気付いた。歌っている姿はかっこいいのに…と、興味のなかった彼の事を少しでも意識してしまった自分の思考を振り払うように首を振った。「私には関係ないか…」と呟いた彼女の心情など知らず。翌日、隣人羽風薫は、名前の部屋のインターホンを押すのだった。
「羽風さん、何かご用でしょうか?」
「そんなムスッとした顔してたら可愛い顔が台無しだよ。あと、羽風さんて他人行儀な呼び方もやめてね」
笑顔で彼女に話しかける薫だが、名前は「嫌です」と彼の要望を一蹴した。「ところで、用件はなんですか?」と問いかけると薫はにっこりと笑って口を開く。「名前ちゃんに夕飯作ってもらいたくて…」とスーパーの袋を手に彼は彼女と視線を合わせる。袋には材料が入っており、「材料は買ってきたけど、作り方知らなくてさ。名前ちゃんに作ってほしいな」と彼は「お願いします」と手を合わせた。しかし、名前は冷めた眼差しで「恋人に作ってもらえばいいのでは?」と告げる。「それに、検索すればレシピも分かる筈ですよ」と突っぱねるが、相手は芸能人であり自分よりも忙しいのでは?と深読みしたことで少し気を許した。「仕方ないですね。今回だけは特別に作ってあげます」と苦笑して材料を受け取り、調理を開始した。
「肉じゃがくらい、誰でも作れますよ」
「そんな謙遜しないで。名前ちゃん料理上手だね」
薫の要望で作った肉じゃがと、名前が作り置いていたれんこんときのこの味噌炒めをテーブルに並べ、彼と食事を共にする。「美味しいよ」と、「可愛くて、料理も得意なんて…俺の奥さんになってほしいな」と甘い言葉で褒められ、彼女は嬉しいと感じながらも、きっと誰にでも言ってるんだろうな。と諦めに似た笑いが漏れていた。と…何気ない会話を交わしながらも決して気を許せてはいなかった。アイドルの彼と関わることもないと、いや…関わらまいと心に誓っていた名前だが、運命の歯車は既に回り始めていた。薫と夕食を共にしてから数日後。職場の飲み会帰りに自宅付近を歩いていると声をかけられ、足を止めた。元々酒に強い方ではなく、この日は飲みすぎたと言っていい。そんな彼女の様子に気付いた薫は名前の頭を撫でて顔を近付けた。「顔赤いよ。フラフラしてるし、俺の腕に掴まって」と告げるや否や、名前が薫の腕にギュッとしがみついた。ポーっとした表情、酔っ払いの彼女はいつもと違ってガードが緩かった。いや、タチが悪かった。
「どうしたの?名前ちゃん積極的だね」
「このまま俺の部屋に泊まる?」と冗談半分で問いかけたが、彼女は頷いた。自分にはガードの固かった名前がこんなにも無防備になるなんて…と彼は気分が高揚した。「素直な名前ちゃんは可愛いなぁ」と頬を包み込めば嬉しそうにふにゃりと笑った。このままそういう関係になってもよかった筈だ。しかし、薫は彼女から鍵を出させ、名前を自宅に強制送還した。「明日になったら今夜の事なんて忘れてるんだろうね」と言い残して。翌日は休日であり、朝から彼女の様子を伺いに隣を訪問すればすっかり酒気の抜けきった名前が出迎えてくれた。「羽風さん。朝から何かご用ですか?」と、態度が一変。夜が明けたらいつものクールな名前に戻ってしまった。「あーあ。酔っ払いの名前ちゃんのほうが可愛かったなぁ」と呟けば、昨夜の記憶が曖昧な彼女は興味津々な顔で彼を部屋にあげた。「いやいや。昨晩は確かに酔ってましたけど、羽風さんと何かあったわけではないでしょう?」と困惑している名前はソファーの隅で迫られ、逃げ場を失った。そして顎を掬われ、唇が触れそうな距離まで彼の綺麗な顔が近付けられた。
「俺の腕にしがみついてきた上に、「うちに泊まる?」って訊いたら頷いてくれたのに…覚えてないなんて、名前ちゃんひどーい」
「嘘ですよね。だって…私、自分のベッドで寝てましたもん」
「あーあ。こんなことなら、帰すんじゃなかった」
「そういうこと言うから、羽風さん苦手」
酔って記憶のない自分が悪いのだが、この男にそんなにも気を許してしまったことが不覚だった。しかし、酔った自分に手を出さず部屋に送ってくれたのは事実だろう。と、辟易していた薫のことを少しは見直した部分もある。送り狼なんて言葉もある。羽風薫なら、やりかねないと思っていた。だが、実際の薫は案外良識的なところがあると分かった。「可愛いなぁ」と言って人懐こく笑う彼の笑顔が好きだった。こんな可愛げのない自分にそんなことを言ってくれるのは彼しかいない。迫られたこの状況で、このままキスされてもいいかも…なんて少しでも考える程に、名前は薫に心惹かれていた。「このまま抵抗してこないなら、チューするよ」
「いいですよ。すればいいじゃないですか」
「いつもの名前ちゃんじゃない!まだ酔ってるでしょ」
END