リクエスト
名前
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―「名前はそういう格好も似合うんだな」
学院を卒業してからも交際の続く彼とは付き合って数年が経っていた。しかし、恋人である乙狩アドニスが自分ではなく、あんずに想いを寄せていたことも彼女は知っている。失恋した彼に寄り添い、弱みに付け入るような行動でも、彼と付き合えるのなら構わなかったのである。だが所詮、彼の想う相手は自分ではない。そう思い込んだ名前はあんずに成りきることでしか自分を肯定出来なくなってしまった。冒頭の台詞と同時に、アドニスは困惑していた。いつもはスポーティーな格好を好んでいる彼女が、近頃は女の子らしい格好で、まるであんずのようだと知らず知らずのうちに名前にあんずの面影を見るようになってしまった。「いつものスポーティーな格好も似合うし、お前は何を着ても可愛いんだな」とデートの待ち合わせ場所で合流した彼は小さく微笑んで彼女の手を握り歩きだした。やはり、あんずに似せた格好をしたほうがアドニスが喜んでくれる。と確信した名前は、嬉しい気持ちよりも虚しさを感じていた。彼の褒め言葉は決してお世辞ではない筈だ。それなのに、素直に喜べない。交際して随分経つのに、心が通じ合っていないのでは?とふとした瞬間に悲しくなった。
「ねぇ、見て。これ可愛いと思わない?」
立ち寄ったアクセサリーショップ。淡いピンク色の、リボン型の髪留めを手に名前がアドニスの反応を伺う。それは何となくあんずに似合いそうなものであり、アドニスとしては、隣にあるパールの付いた髪留めのほうが名前に似合うだろうと感じていた。「俺は、こっちのほうが似合うと思うが…」と素直に伝えると「えー。アドニスくん、こういうの好きじゃない?」と不思議そうに彼女が問いかける。実を言うと、前々から違和感を感じていた。彼女の好みがあんずに寄せられているような気がすると…。だが、そんなことは言い出せず今日に至る。確かに以前、あんずに惹かれていたこともある。しかし、今はそうではない。「アドニスくんが選んでくれた髪留め、似合うかなぁ?」と髪にそれを付けて可愛らしい笑顔を見せる名前を愛おしいと、可愛いと…感じるのは嘘偽りのない事実だった。
「よく似合うな。それは俺が買ってこよう」
「誕生日でもないのに、悪いよ」
彼女の躊躇いをよそに「気にするな」とレジで会計を済ませて戻ってきた彼が髪に触れ、髪留めを付けてくれる。距離が近すぎるせいで、このままキスされるのでは?と思った程だが、硬派な彼が人目もはばからずにキスをするなんてことはなく。何だか悔しくなった名前は店を出てから、甘えるように彼の腕に腕を絡ませて密着した。「ありがとう。アドニスくん」とふわりと笑う名前が可愛すぎる。と、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られた。路地裏に連れ込まれ、壁を背にした彼女はアドニスに抱きしめられた。確かにここなら死角になっており、キスをしてもバレなさそうだ。そう気付いた名前が実行に移すのは早かった。背伸びをして、彼の唇に触れるだけの口付けをした彼女は照れたように苦笑した。積極的な彼女の行動に、アドニスはドギマギとさせられた。
「今日は随分と積極的なんだな」
「久しぶりに会えたから嬉しくて。もしかして、嫌だった…?」
不安げにそう問いかける彼女は上目遣いで。仕草までも、あんずを彷彿とさせられる。自分の思い違いだ。と、「嫌なわけないだろう」と彼は首を振って否定の意を示した。いつになく積極的な名前もいいが、強引にキスをした後に恥じらう名前を見るのが、アドニスはとてつもなく好きだった。
―「アドニスくんは名前のことが大好きなんだね」
「そうだな。だから…ありのままの名前でいてほしい。とあんずのほうからも伝えてくれ」
今回、UNDEADのプロデュースを担当していたのはあんずだった。その為、調度いいと、アドニスは名前に抱いた違和感についてあんずに相談していたのである。「名前はあんなに可愛いんだから、私に似せる必要なんてないのにね」とあんずが苦々しく微笑むとアドニスが頷く。そして、冒頭の惚気けているような会話に戻る。場所はテレビ局の近くのカフェである。「そういえば、名前もこの近くで流星隊のロケに同行してるって訊いたけど…」とあんずが呟いた時、アイスコーヒーを飲んでいる彼の背後から逃げていく名前の姿を捉えていた。「アドニスくん。早く、名前を追いかけて!」と状況を飲み込めていないまま彼は席を立ち、彼女が走っていったという方向に向かって走った。流石は元陸上部と言えようか。アドニスが名前に追いつくまで、そう時間はかからなかった。人気のない公園のベンチで俯いて泣いている名前に近付き、声をかける。だが、「アドニスくんは、やっぱりあんずのことが好きなんでしょう?私、分かってたんだ…」と再び逃げようとする彼女の腕を掴み、腕の中に閉じ込める。名前を泣かせてしまったのも、そんな勘違いをさせてしまったのも原因は自分にある。と、アドニスは心が苦しくなった。
「お前は、俺が未だにあんずを好きだと思っているようだが…決してそんなことはない。それに、先程までの俺達の話題はずっと名前のことだったんだ」
彼は続けて「俺は名前のことが大好きなんだと、惚気話ばかりだと、あんずにも言われた」と彼は彼女を抱き竦めたまま事の経緯を明かしていく。悲しみの涙が嬉し泣きに変わり、涙が止まらない。彼の名を呼ぶ声も掠れてしまう。震える唇は、彼のもので塞がれ、名前の言葉が途切れた。その代わり、名前が落ち着くまでアドニスは全てを言葉にしてくれた。名前をどれ程愛しているかなんて、言葉では伝えきれないと…抱きしめてキスをするしか他に方法がなかった。「俺は、名前の思っている以上に名前に惚れているんだ。それだけは分かってほしい」「ごめんなさい。私…あんずみたいになれば、アドニスくんが私を好きになってくれると思ってて…」
真っ直ぐにアドニスを見つめて、名前は彼を抱きしめ返した。この腕の中に居ると、幸せに満たされすぎて胸が苦しくなる。袖で涙を拭ってくれた彼と視線を合わせる。優しい眼差しはあの頃と変わらない。しかし、愛しげなそれは今は自分だけを見つめてくれているという事実に胸が焦がされた。「俺はもう、名前しか愛せない。これから先、絶対泣かせたりしないと誓う。こんな俺を信じてくれるか…?」
「当たり前。私、アドニスくんのこと大好きだもん」
「本当に…名前は、俺には勿体ないくらい可愛いな」
END