リクエスト
名前
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-「あんずの友人なら、レッスンの見学でもしてこい」と、厚意なのか単に押し退けられただけなのか定かではないが、名前は本日レッスン室に連れていかれた。「佐賀美先生と一緒にいたいです!」と渋る彼女だが、鶴の一声とでも言おうか…あんずが「せっかくだから見学してよ」と誘うと、共に部屋に入っていった。事前に事情をあんずから訊いていたtrickstarの面々は笑顔で名前を受け入れた。「でもさ、佐賀美先生に惚れてるって本当なの?」と興味津々にスバルが尋ねると彼女はにっこり笑って頷いた。「結構歳が離れてると思うけどなぁ」と真緒が感慨深そうに呟く。丁度休憩時間だった為、名前は彼らから質問攻めにあっていた。そんな彼らの和気藹々とした様子を窓から眺めていた陣は、やはり自分と居させるよりも、こうしたほうがよかったのか。と後悔と同時に寂しさを感じていた。そのうちtrickstarの誰かのファンになって自分のことなど忘れてしまえばいい。そう思っていた筈なのに、彼女が現れてからというもの、彼の日常は変化していた。車で彼女を送り届ける為に、酒も飲まずにいた。禁酒しようと思っていたわけではないが、結果的には似たようなものだ。
「佐賀美せーんせ!」
彼女のことで考えを巡らせていたせいで、いつものように軽くあしらうことは出来ず、この日の彼は嫉妬にも似た感情を彼女にぶつけてしまった。「俺のところに来るよりも、trickstarの誰かに送ってもらえばよかったんじゃねぇの?」と、笑顔で駆け寄ってきた彼女を突き放すような言動に名前は自覚してしまった。毎日のように相手してもらって家まで送ってもらうなんて烏滸がましくて迷惑でしかなかったのだと…。「ごめんなさい」と言い残して部屋を出ていく彼女は夜の冷えた空気を肺いっぱいに吸いこんで、酷く虚しい気持ちになった。とぼとぼと歩く彼女は一方的で空回りなこの恋愛は、きっと成就しない。そう悟ってしまった。ひとりきりで歩く夜道は、こんなに暗くて心細いものだったのか。と溢れ出しそうになる涙を堪えて急ぎ足で家に着いた。
-「今日はありがとう。trickstarは皆いい人達だね」
「うん。それで、先生とは上手くいきそうなの?」
あんずにお礼の電話をすると、彼女は早速核心に触れてきた。友人の恋がどうなっているのか彼女なりに心配してくれていたのだ。その問いかけに一瞬無言になった名前の様子を察して、あんずはとうとう本音を表した。「正直、佐賀美先生みたいなダメンズに恋するよりもトリスタのファンになってほしかったんだけど」と。そして「名前を泣かせたら先生といえども、私が許さないから」と頼もしい発言を聞いて、名前は笑った。泣き笑いだ。痛々しい笑顔だった。「おやすみなさい」とだけ告げて、電話は切られた。その翌日から、名前は夢ノ咲に姿を現すことはなくなった。
-「アイツ…今日も来ないのか」
今まで通り。酒を飲んで怠惰に過ごす…こんな自分に好意を持ってくれる女性などいるわけがない。がらんとした午後の保健室で、日本酒を煽りながら視線は出入口の扉に向けたまま彼は呟いた。ぎゅっと抱きついてくる自分よりも小さな身体、焦がれるような眼差し。思い出すだけで胸が切なくなった。「先生、意外と鈍感ですね」と不満そうにムッとした表情を可愛いと感じたのは事実だった。自分のだらしない姿を知ったら幻滅するに決まっている。所詮、名前は自分の上っ面しか知らないのだから…。と、もう会うこともないであろう彼女を思い出のひとつにしてしまおうと彼は瞳を閉じて机に伏せた。
ー「名前のこと、心配なんだ」
「名前ちゃんはこの学院の生徒じゃないわけだし、先生と付き合っても問題ないと思うけどなぁ…」
一方の二年A組では、trickstarのメンバーとあんずが作戦会議をしていた。「佐賀美先生も、あぁ見えて意識しているかもしれないしな」と、北斗が冷静に分析し「これが最後のモテ期かもしれないよ」とスバルが発言する。暖かい目で見守りたいところだが、今回の件はそうもいかなさそうだ。「名前…もう先生に会いに来ないかもしれない。どうしたらいいんだろう」とあんずが物憂げな表情で瞼を伏せる。いい事思いついたとばかりに「僕らで、二人を後押しすることって出来ないかな?」と真が提案する。「二人に真剣に話し合ってもらう為にも、あんずちゃんのほうから名前ちゃんを学院に呼び出してもらえないかな?」と真があんずに要望した。そして、この後…陣はtrickstarとあんずから総攻撃を受けることになる。
-「先生、このままでいいんですか?名前、結構モテるんですよ?」
「歳の差婚なんて最近じゃ、よくあることだしな」
「そうそう!最後のモテ期かもしれないのに!」
本日はレッスンも部活もない日である。授業後、保健室に入ってきた彼らはあんず、北斗、スバルの順に咎めるような発言を連発した。「女の子から好かれてるのに、贅沢な悩みですよね」と、真の一言は瀬名泉のことを揶揄しているようだった。そして、とどめの一言をあんずから伝えられていた刹那、保健室の扉がガラリと開けられた。「あんずから呼ばれたら来るしかないよね」と、顔を見せたのは話の張本人である名前だ。あんず達はそそくさと部屋を出ていき、保健室には彼らだけしか居ない。
-「本当は、もうここに来ないつもりだったんです。だから最後に、私の気持ち全部伝えておこうと思って…」と、泣きそうな声音で彼女は想いを明かしていく。決して陣に近寄らず、距離をおいたまま真っ直ぐに彼を見据え、拳をぎゅっと握った彼女は言葉を続ける。「私のこと邪険にせずに優しくしてくれて、嬉しかった。先生が駄目な大人でも、私は大好きなんです」「先生と過ごせて…すごく幸せでした」と、告げた瞬間には涙が溢れ出しており、泣き顔を隠すように振り向いた彼女はそのまま保健室を出ていってしまう。「待て」の声も届かずに、伸ばした手は引っ込められた。陣は彼女の告白を聞き、年甲斐も無くドキドキとさせられた。trickstarとあんずに言われた忠告を思い出し、彼はすぐに名前を追いかける。
「追いかけてこないでください」と足音に気付き、顔だけを振り向かせた彼女は冷たく言い放つ。「ほら、捕まえた」と、息も絶え絶えに、彼は名前を腕の中に閉じ込めた。場所はまだ学院の敷地内である。ここではまずい。と、使われていない用具倉庫に入っていく。それでも尚、彼は解放してはくれない。ずっとこうして抱きしめてほしかった筈なのに…と、彼女は嗚咽を漏らす。「お前なぁ…言い逃げは狡いよ」と彼は告げる。「俺の返事も聞かずに泣くなよ」と、白衣の袖で名前の泣き濡れた頬を拭う。
「気付けば、名前が来るのを待ってた。俺はこんなだし、お前は俺には勿体ないと思うんだけどな。俺はもっと名前のことを知りたい」
「佐賀美先生、狡い…」
「諦めようとしてたのに、もう無理です」と呟く彼女の言葉は続くことなく、その唇は陣のもので塞がれた。暗い倉庫の中で、自分を抱きしめる腕の感触、唇から伝わる温度…それを感じたら涙も引っ込む程に幸せに満たされていた。用具倉庫から出てきた彼らを迎えたのは、後押ししてくれたtrickstarとあんずだった。「二人とも、世話が焼けますね」と呆れたようにあんずが名前と視線を合わせる。お礼を伝える名前の笑顔は、今までで一番晴れやかなものだった。
END