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名前
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―「おはよう。ゆうたくん」そう言って嬉しそうに微笑む彼女の姿に胸の奥がぎゅっと切なくなる感覚に陥ったのはゆうたではなく、兄のひなただった。弟の前ではこんなに愛らしい表情をみせるのか…と、彼は悋気した。事の始まりは昨日だ。ゆうたが滅多に出さない高熱を出した。「明日は名前ちゃんとデートだから早く熱を下げなきゃ」と言っていた彼の願いも虚しく、体調はすぐには回復しなかった。
「名前ちゃん、すごく楽しみにしてくれてるみたいだから、行けなくなったなんて言えないよ」
「だからアニキ、俺のふりして代わりに行ってきてよ」と苦笑するゆうたの額には真新しい冷却シートが張られている。弟の本音を察しているひなたはその言葉に頷くのを躊躇ったが、他ならぬ弟の頼みだ。熱が下がらないゆうたに代わり、彼の彼女とデートに行くことを承諾したひなただが、彼が複雑な思いを抱えたままデートに向かったとはゆうたは知らないでいる。
「ねぇ、ゆうたくん。手、繋いでもいい?」
待ち合わせ場所である金の時計塔の前で「いいよ」と彼女の手を握ったひなたは一見冷静そうに見えるが、「きっとゆうたくんならこうするだろう」という憶測と常に戦っていて本当は余裕など欠片もなかった。電車に乗っている間は外されていた手は、改札口を通り抜けた後から再び重なった。そのままショッピングモールの入り口をくぐり抜けた彼らは目に入ったアクセサリー店に入っていく。煌びやかな数々のそれの中から、一つを手に取った彼が彼女の艶やかな髪に触れた。フィンガースティックタイプでピンクと水色のラインストーンが輝くもので、2winkのテーマカラーを彷彿とさせるそれを鏡で確認した彼女の隣で「すごく似合ってるよ」と結われた髪にアクセサリーを差し込んで口角を上げる彼を見て胸に甘い疼きを覚えた名前。「ありがとう」とお礼を告げて腕を絡めてきた積極的な彼女の行動にドキドキと胸を高鳴らせながらも店を後にした。しかし、その後入ったレストランで彼は困惑するのだった。「ゆうたくんは辛党だったよね」と辛口のソースを絡めた生春巻きを「あーん」と言いながら箸で目の前に持ってくる彼女。辛党の弟と違い、ひなたは甘党であり、辛いものはあまり得意ではない。だが、この幸せなシチュエーションを無下にすることも出来ず、そのまま口を開くのだった。
―今まで手を繋ぎたいなんて言ったこともなかったのに、こんなにあっさり了承してくれるとは…と、本当は今日会った時から何とも形容しがたい違和感を感じていた名前。大好きな恋人が別人だったと見抜けなかった自分にも腹が立つが、今日一日を目一杯楽しんだ帰り道で真実を明かすひなたを、正直狡いと思った。滲んだキャンドルのように町の灯りが瞳に映る。重なった手の温もりが残酷に胸に突き刺さる。「名前ちゃんがゆうたくんと付き合う前から名前ちゃんのことが好きだった。今までずっと言えずにいたし、困らせてしまうことになるって分かってるのに…ごめんね」と苦悩に満ちた面持ちで語る彼。悲痛を滲ませた表情の彼らの横顔を、頼りない明るさの街灯が照していた。
「君が笑ってくれる度に、苦しくて。でも、幸せな気持ちになったのは本当だよ」
「私にはゆうたくんが居るのに…。今日一日ひなたくんにドキドキさせられっぱなしで、ひなたくんのこと好きになっちゃいそうだったよ」
「ありがとう。さすがに略奪愛なんて狙ってないけど、想いを伝えてすっきりしたかったんだ」
「困らせてごめん」と泣きそうな顔で笑った彼に両手を伸ばした彼女はそのまま彼を優しく抱きすくめる。「ありがとう」と囁いた彼女は溢れ出す涙を隠すように、彼に背を向け歩き去った。重ねた手の温もりを思い出すかのように自らの手を握りしめながら…-
END
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