クリスマス
名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
-「名前はクリスマス、何が欲しいんですか?」
12月のある夜のことだ。風呂から上がった茨がリビングへ顔を出すと、名前は雑誌を読みふけっていた。因みに、この日は彼女が茨の住むマンションに泊まりに来ていた。ファッション雑誌のクリスマスプレゼント特集のページを熟読している名前への質問は本気で問いかけているものだったのだが、彼女は茨の予想通りの返答はしてくれなかった。「うーん…茨の愛情。とでも言っておこうかな」と、椅子に座って曖昧な微笑みを見せる名前は茨と視線を合わせた。眼鏡をかけていない彼の瞳は真っ直ぐに名前を見つめている。「愛情が足りないとでも仰るのですか?それは心外ですね」と茨は納得出来ないというように小さな溜め息をついた。彼女の背後に回り、後ろから包み込む体勢になって提案する。「例えば、こういった化粧品とか、ジュエリーなんて…いかがですか?」と雑誌に載っているそれを指して訊ねる。それもこれも、もうすぐクリスマスだというのに名前へ何を贈ればいいのか決まっていなかったからだ。
「化粧品は自分で好きなもの買うし、ジュエリーにも執着心ないし…」
「名前って本当に物欲ないですね。欲しいもの何でも仰ってくださればいいのに…」
彼女はべつに茨に遠慮しているわけではなく、欲しいものが特に思いつかなかっただけなのだが、茨には伝わらないようだ。腕に抱かれたまま、苦し紛れに名前が「じゃあ、ケーキ。欲しいな」と告げるも「ケーキならこの前予約しましたし、それはプレゼントではありませんよね」と全否定されてしまった。「そういう茨だって、欲しいものないの?私、茨へのプレゼントに何あげたらいいのか分からないよ」と彼女は近頃の自分の悩みを明かす。「そうですね。プレゼントというか、名前がやらしくて可愛い格好してくれればそれでいいです」と事も無げにさらりと言ってのける茨に、名前はすぐさまサンタ衣装の検索をかけた。表示された際どいコスチュームを見ては文句をたれる。「もっと、まともなプレゼントを要求してよ」と。
「自分だって、茨の愛情。とか仰ってたくせに…」
「私はいいの」
むぅ。と唇を尖らせる彼女の反応を可愛く感じた彼は横から彼女の頬に口付けを落とした。嬉しそうに顔を綻ばせた名前は席を立ち、振り返って茨に抱き着いた。風呂上がりの彼からは石鹸の匂いがした。腕の中に閉じ込められ、顎を掬われて唇が重なる。濃厚な口付けの後に唇を離すと、「誕生日の時だって、「茨が私に着てほしいランジェリーで」とか注文されましたし、名前の返答はいつも変化球で困りますよ」と昔のことを話題に出され、彼女はぐうの音も出なかった。茨としては恋人としてちゃんとしたプレゼントをしたいのだが、この気持ちもまた名前には伝わらないようだ。だが、そこはアイドルであり実業家の茨の技量の見せ所だった。いかにこの少ない情報から、彼女が喜んでくれるものをプレゼント出来るか一かバチかの勝負である。
-「やらしくて可愛い格好してほしいって言ってたしなぁ…」
茨へのプレゼントを取りに自室に入った彼女は独りごちた。茨の要望には沿わず、考えた末に実用的なプレゼントを購入したのだが、彼女は不安を抱えていた。いやらしいサンタ衣装で出迎えたほうが彼は喜んでくれたのだろうか…と。そんな名前の心情など知らずに、茨はグラスにシャンパンを注ぐ。ご馳走とケーキを食し、二つ並んだ華奢なグラスでシャンパンを嗜む。「乾杯」とグラスを合わせると、子気味良い音が鳴った。シャンパンを口にして、彼女が口を開く。「プレゼント交換していい?」と。茨がラッピングを解くと、箱には革素材の眼鏡ケースが入っていた。メンズブランドのそれは、シンプルで品のいいものだった。「俺の好みなんて教えてなかったのに、センスいいですね」と彼は気に入ってくれたらしく褒められた為、彼女はホッと一安心した。だが、問題はここからだ。赤いリボンでラッピングされた袋から出てきたのは、どう見てもサンタコスチュームであり、明らかに面積が少ない。策略家の茨らしいな。と、彼女は文句を言うこともなくお礼を告げただけだった。その薄い反応に、逆に彼は驚いていた。「そんなプレゼントで不満じゃないんですか?」と。
「欲しいものないって言ったの私だし、これで茨が喜んでくれるなら文句ないよ」
「お風呂の後に着るから」と、あっさりそのプレゼントを受け入れられたことで彼の計画は崩れてしまった。本当は、彼女に文句を言われたタイミングで本当のプレゼントを出すつもりだったのだが完全に予想が外れてしまったのである。そして現在、先程の卑猥なサンタコスチュームに着替えた名前がベッドルームに訪れた。「茨ったら、こういうのが好きなんだね」と、ミニスカートを翻して名前が迫ってきた。想像していた以上に際どく、つい目を逸らしてしまうほど色っぽかった。このままでは、本当のプレゼントを渡せずに日付が変わってしまうかもしれない。と危惧した彼は、小さな箱を手に、彼女の隣に戻ってきた。「それなぁに?」と訊ねる彼女の目前でぱかっとその入れ物が開かれると、ガーネットがワンポイントとなっているシルバーリングが光を反射して煌めいていた。二本あるそれは、ペアリングだということを揶揄していた。
「近頃、やけに名前に言い寄る男がいたりして気に食わないですし。俺との仲を見せつける為のものです」
「つまりは男避けってわけね」
「エゴの押し付けみたいでお気に召しませんか?」
嬉しそうな反応がないことで不安に駆られた茨は名前にそう問いかける。彼女が欲しいものというより、身勝手な贈り物にすぎないかもしれない。と嘲笑したい気分になった。名前は茨のほうへ手を差し出して何かを待っているようだ。漸く勘付いた茨は彼女の手を取り、薬指に指輪を嵌めた。指輪に唇を寄せて茨を見据える彼女の前で、彼も同様に指輪を嵌める。指輪の嵌った手で、同じ指輪が嵌められている手が握られた。まるで婚約指輪のようなそれを見て、彼女は笑顔でお礼を告げる。「私の欲しいもの、ちゃんと分かってくれてたんだね。茨の愛情を感じる。ありがとう」と。
「最初に謝っておきますが、今夜は寝かせてあげられませんよ」
ペアリングで幸せの余韻に浸っていた彼女の意識は、彼の一言で現実に引き戻された。「やらしくて可愛い格好が似合いすぎてるんですよ。今夜は手加減してあげられません」と茨は情欲に染まった眼差しを名前に向けていた。恋人達の聖なる夜…それに相応しい密やかで艶やかな夜は始まったばかりだ。
END